×

「染司よしおか」6代目吉岡更紗 古代染色を通して知る日本の色

どの植物にも最も染めに適した季節がある

「染司よしおか」の工房がある京都・伏見は、多くの酒蔵があることからもわかるように、天然の良水で知られる土地だ。古代染色には欠かせない清らかな井戸水が、工房では今も使われている。 築70年余りの木造家屋からなる工房は緑の木々に囲まれ、庭先に生える柘榴(ざくろ)、胡桃(くるみ)、黄檗の木などは、そのまま染料としても使われている。テラスには美しく染め上げられた何色ものシルクが風になびき、その下に並ぶのは染料となる植物の根や木の実。自然界に宿る豊かな色彩が、そのまま別の形になって現れているかのような風景がそこにあった。

京都・伏見にある「染司よしおか」の工房

小さい頃からこの工房に出入りし、植物染めを身近に感じていたという吉岡は、古いものを見るのが好きで大学時代は歴史を学び、その頃からいつか自分はこの道に入ると思っていたそうだ。しかし、一度は外の世界を見ておいた方がいいという父親の勧めもあり、大学卒業後はイッセイミヤケに就職。6年間勤めた後、愛媛県西予市野村町のシルク博物館で約2年間染織の基礎を学んだ。 この野村町は最盛期には1000軒以上もの養蚕農家があった養蚕の町で、吉岡は繭を使って糸を取るところから、染め、機織りまでのすべてをここで習得。そして2008年から家業に入り、祖父の時代から長く勤める職人からも熱心に技術を学び、自らも古代染色の研究を重ねていった。

染司よしおか」で60年以上仕事をしている古参の職人、福田氏。吉岡の師の一人でもある

「私が本格的に染織を学び始めたのは29歳で、職人としては遅いスタートでした。でも、京都の染織の世界は分業が徹底していて、染め以外の作業についてはほとんど知る機会がない中、私は糸づくりから学べたことで、生地を見る目も養われました。たとえば節だらけの布を見たら、普通はただの汚い布だって感じると思いますが、私はなぜそうなっているのか理解ができる。それだけでも本当によかったと思っています、織りも学んでいるので、ジャカード機が壊れていたら簡単に直すくらいのこともできますよ」

そう語る吉岡がこの仕事を継ぐと決めた大きな理由の一つに、祖父の代から手がけている東大寺の修二会(しゅにえ)の仕事がある。修二会は東大寺の大仏が完成した奈良時代の752年以来、実に1270余年一度も途絶えることなく続いている行事だ。この修二会に奉納するための和紙の紅花染めが、「染司よしおか」によって手がけられている。

三重県伊賀市の農家で育ててもらった紅花の花びらを夏の間に摘み、秋に収穫した藁(わら)を燃やした灰を使って揉み込むことで純度の高い赤の色素を抽出。それを丁寧に和紙に染め重ねてゆく。

「毎年これだけは絶対に欠かさない一番大事な、特別に身の引き締まる仕事でもあります。京都には長く続いている行事はさまざまありますが、東大寺の修二会は“不退の行法”として戦乱の最中も、コロナ禍の中でも続けられていました。その歴史ある行事にかかわる仕事を受け継がないという選択肢はまったくありませんでした。 この紅花染めの作業が行われるのは1月です。紅花は寒ければ寒いほどきれいな色が出ます。染液を発酵させる藍染めは夏が適しているなど、どの植物にも最も染めに適した時期というのがあります。実際、物理的には一年中いつでも染められますが、もっとも美しい色を出すために、その植物にとって最適な季節を選びます」

東大寺の修二会のための紅花染めの風景。作業は毎年1月に行われる。写真提供:染司よしおか

Profile

吉岡更紗 Sarasa Yoshioka


染織家。1977年 京都府生まれ。父は染織史研究家で多くの著書をもつ「染司よしおか」5代目吉岡幸雄で、三姉妹の末っ子として生まれる。大学卒業後はイッセイミヤケに勤務。その後、愛媛県西予市野村シルク博物館で染織を学び、2008年より生家で修業を始める。2013年から東大寺修二会の椿(つばき)の造花の和紙染めや、薬師寺の花会式で使われる染和紙を制作するなど古社寺の行事にも参加。2019 年「染司よしおか」6代目を継ぐ。毎年行われる寺社の行事はもちろん、近年は衣服にかかわるものの他に、ホテルの吹き抜けやマンションのエントランスなどの建築空間に古代染色の布を用いるなど、その活動の場を広げている。著書に『染司よしおかに学ぶ はじめての植物染め』(紫紅社)
https://www.textiles-yoshioka.com/


染司よしおか
https://www.portom.jp/jp/art/

リンクを
コピーしました