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<行定勲のシネマノート>第36回 『在りし日の歌』

(c)Dongchun Films Production

【3月26日 marie claire style】ワン・シャオシュアイは、私と同年代の中国の映画監督だ。ジャ・ジャンクーやロウ・イエなどと並んで中国第六世代と呼ばれ、『北京の自転車』や『青紅』などの作品で急激に変わっていく近代中国を見つめ続ける人間ドラマの名手である。最新作『在りし日の歌』は1980年代から2010年代までのある夫婦の30年の愛の歴史を描いた紛れもない傑作映画だ。

 1986年、中国の地方都市でヤオジュンとリーユンは工場に勤め、一人息子のシンと幸せに暮らしていた。家族ぐるみで付き合いの深いインミンとハイイエンにも同じ年に生まれた一人息子ハオがいた。”一人っ子政策”の中、リーユンは第二子を身籠もる。罰金を払ってでも出産を望むヤオジュンだが、周囲の反対からリーユンは堕胎させられてしまう。悲劇はそれだけでなく、愛息のシンがハオに誘われて行った川で水難事故にあい命を落としてしまう。堪え難い悲しみを抱えたヤオジュンとリーユン夫妻は故郷を離れていく。

 急激に変貌していく中国社会の中で、二人の悲しみは癒えることなく何度も壊れそうになりながらも寄り添って生きていく。亡くなった息子の存在は近代化を邁進させた中国の過ちの象徴のように見え、そこに加担した者にも犠牲になった者にも同じように悲しみと痛みが伴う。この作品は185分の長尺ではあるが、主人公夫婦とそこに関わる人々の人生の在り方に引き込まれ、その絆の繫がりに人生の尊さを感じる濃密な時間だった。

 とにかく夫を演じたワン・ジンチュンと妻を演じたヨン・メイの言葉で語らない内包された感情を滲ませる表情の豊かな演技に魅せられた。ドアを開けてイスに腰をかけるだけの仕草に淋しさを感じ、必死に走る姿に生の尊さを感じ、慈悲のない社会に取り残されていく彼らの眼差しに感涙させられた。希望に輝いていた若き日から年老いた現代までの30年に及ぶ人間の年月の移り変わりを見事に体現していた二人の名演が、ベルリン国際映画祭で最優秀男優賞、最優秀女優賞をダブル受賞したというのは当然である。

 人生には大きな悲しみがあっても、小さな喜びが積み重なってその悲しみを癒やしてくれることがあるかもしれない。そんな祈りのようなものがこの映画から感じられた。善悪では片づけることのできない切実な人生に、小さな喜びが訪れるラストシーンに私は涙を禁じ得なかった。

 この映画の中国語原題「地久天長」はスコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」の中国語訳のようだが、それは日本でいう「蛍の光」の歌のことらしい。劇中にその曲がかかる場面がある。「古き友は忘れ難し、かつての輝かしい歳月、友情は天地のごとく永遠に変わらない。古き友よ、よき時代をいかに忘れられようか」という内容の歌詞だ。まさに喜びも悲しみも幾年月、ともに過ごした二組の夫婦の生きた証しとこの歌が重なって、切なく胸に迫るのだ。

■映画情報
・『在りし日の歌』
4月3日より角川シネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
公式HP:http://www.bitters.co.jp/arishihi/

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回佂山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』、18年は岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』が公開。待機作として『窮鼠はチーズの夢を見る』と又吉直樹原作の『劇場』が2020年公開予定。


(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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