×

<行定勲のシネマノート>第35回 『劇場』という映画

(c)2020「劇場」製作委員会

【3月12日 marie claire style】私の最新作『劇場』が4月17日に公開される。昨年の初夏に撮影されたこの映画はピースの又吉直樹さんの2作目の長編小説を原作にしている。売れない劇団で毎日をあがいている永田が服飾学校に通う沙希という女の子に出会う。沙希の部屋に転がり込んだ永田は沙希の日常を変えていく。2人は寄り添い幸福を手にしたいと思うのだがそう簡単には手に入らない。2人の仲はやがて息苦しいものになっていくのだが……。かなり身につまされる青春の愚かさが余すことなく描かれたその小説を読み終わった瞬間、私は映画にしたいと思った。何よりもラストシーンのアイディアが頭にはっきりと浮かび、映画でしかできないその挑戦的な演出を実現させたいと切望した。

 その想いが届き、私が監督として映画は始動した。脚本は演劇界の俊英、蓬莱竜太氏に依頼した。自らも小劇場出身者で酸いも甘いも知っている彼こそ、主人公の2人の在り方に説得力を持たせたものを書けるはずだと期待し、それを見事に叶えてくれた。

 主演の永田には山﨑賢人、沙希には松岡茉優という若手実力派の2人がキャスティングされた。山﨑には無精髭を生やしてもらい、目つき、歩き方、声のトーンまで今までに見たことのない彼の姿を望んだ。色気をまとった鬼気迫る演技で彼は私たちを魅了してくれた。松岡は、天然の可愛らしさと純真さが壊れていくさまを天才的な演技で演じきり、私は何度も舌を巻いた。その2人の迫真の演技は私にとっても誇らしいと思えるもので、2人にとってエポックメイキングになったと自信を持って言える。

 よく恋愛映画の評論や表現をするときに〝どうしようもなさ〞という言葉を使うが、その男女のどうしようもなさの実態が、この映画の永田と沙希が向き合い傷つけ合うやり取りの中に映っている。その分、胸が締めつけられる辛い場面が多いかもしれないが、それこそが恋愛そのものなのではないか。試写会の日、後半になるにつれ胸に迫るシーンが続いていくと、あちらこちらから鼻をすする音や嗚咽が聞こえてきた。私自身、拙作に涙することなど今まで経験がなかったが、この映画だけは違った。それは私だけではなく誰にもある青春の残照のようなものを永田と沙希の姿に見て、そこに自分の想いが重なりどうにもならなかった日々を回想してしまったからかもしれない。「一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことがなんでできなかったんだろう」

 永田の言葉は私の胸に刺さり、後悔の日々を思い返しながら自然と涙が溢れていたのだ。51歳の私にとって最後の青春映画になるかもしれない『劇場』をぜひ、映画館で観てほしい。この映画が、人生の中で愛した人への想いを救うきっかけになれば幸いである。

■映画情報
・『劇場』
4月17日(金)より、全国ロードショー
公式HP:https://gekijyo-movie.com/

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回佂山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』、18年は岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』が公開。待機作として『窮鼠はチーズの夢を見る』と又吉直樹原作の『劇場』が2020年公開予定。


(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

リンクを
コピーしました