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<行定勲のシネマノート>第34回 苦手なホラー映画を観る

提供: ファントム・フィルム/TCエンタテインメント 配給: ファントム・フィルム(c)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

【2月27日 marie claire style】花冠をかぶった女が悲痛な顔で泣き叫ぶ美しいポスター。それに誘われて観てしまった。私は子供の頃に観た(タイトルも忘れてしまったが)、宇宙から 帰還してきた飛行士たちの顔がドロドロに溶けて、怪物になっていく悲劇をグロテスクに描いた映画を観て以来、ホラー映画が苦手だ。

 私は普段から映画を観る前はなるべくその映画の情報を入れないようにしているのだが、この映画『ミッドサマー』がホラー映画だということを始まって数分で気づき、すぐに試写室を出ようかと思った。しかし、主人公のダニーを演じる女優フローレンス・ピューに惹かれるものがあってその場に留まったのだ。確かこの映画はポン・ジュノ監督が昨年観た映画のベスト10に選んでいたと記憶していた。

 物語は、スウェーデンの田舎町で90年に1度の夏至に行われる祝祭に訪れたアメリカの大学生5人が、白夜の太陽の下、恐怖のどん底に落とされていくというものだった。白夜、妖しい儀式、血と女王、極彩色の花飾り、白昼の晩餐、透き通るような白い肌の女たちなどにそそられる。しかし、予想以上に何でこんな酷い描写を観させられなきゃならないのだという、目を背けてしまうような場面が次々と起こり、次第にその恐怖に身体が固まっていった。白昼の明るい光景の中で起こる惨劇をトリップして瞳孔が開いたまま見ているような、経験のない世界観がスクリーン上に繰り広げられる。まるでセルゲイ・パラジャーノフ監督の映画のような、極彩色の奇怪な美しさをホラー映画に取り込んだ注目の俊英、アリ・アスター監督の演出に次第に魅せられていった。

 風習というのは根源的で性的で野蛮なものが多い。神に捧げる命、その犠牲が次の生命に喜びを与えるなんていう考えは現代から考えるとナンセンスだが、一旦その概念を受け入れると、それはそれで心地よいものに思えてくる。その残酷さが当たり前になっていき、観ているうちに美しく思えてきて、そこに共感してしまう自分がいる。そんな思いにさせることこそ監督の狙いなのだろう。”やばい”というのはこういう映画のことを言うのだろうと思いながら最後まで観てしまった。

 こういう映画は毛嫌いせず、早いうちに観てトラウマになるといい。これで懲りたら観なければいいのだから。しかし、私は次のアリ・アスターの映画をまた観てしまうのだろうなと思った。

■映画情報
・『ミッドサマー』
2020年2月21日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ミッドサマー 公式HP:https://www.phantom-film.com/midsommar/

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回佂山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』、18年は岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』が公開。待機作として『窮鼠はチーズの夢を見る』と又吉直樹原作の『劇場』が2020年公開予定。


(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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