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<行定勲のシネマノート>第33回 岩井俊二の新たなる境地

(c)2020「ラストレター」製作委員会

【12月19日 marie claire style】 岩井俊二という映画監督と出会ったのは27年前、彼のテレビドラマ作品「GHOST SOUP」(1992)に助監督として参加した時だった。演出、映像のトーン、編集のリズム、どれをとっても独自性があり衝撃を受けた。私は映画『四月物語』まで彼の助監督を務めた。彼の作品は"岩井美学"と呼ばれ根強い人気を得た。それは日本のみならずアジア中に知れ渡り、世界の映画ファンを熱狂させた。中でも『Love Letter』(1995)はまぎれもない彼の代表作となって語り継がれている。

「お元気ですか? 私は元気です」と書いた手紙を渡辺博子は天国に行った恋人、藤井樹へ送った。不思議なことに手紙の返事がくる。誰かのイタズラなのか。それから藤井樹との不思議な文通が始まる。いつしか天国の彼と繫がっているように感じてきた博子は、手紙の相手に会いたくて北海道へ向かう。亡くなった婚約者の藤井樹と、彼と同姓同名のクラスメイトだった女性、藤井樹との友情。そして恋人の死を受け入れて再生する渡辺博子の愛の物語だった。

 そのラブストーリーの名作が公開されてから25年。再び岩井監督が手紙物語に挑んだ最新作『ラストレター』は、手紙が繫いでいく邂逅と再会の物語だ。岩井俊二は今までセルフプロデュースで映画を作ってきた映像作家だと思うが、伝説の『Love Letter』を覆すがごとく企画された本作は、川村元気というヒットメーカーをプロデューサーに迎え、その要望に応えるべく、岩井監督は演出で切り抜けた今までの作品とは出生の違う、新たな岩井映画を作ったのだと思う。特筆すべきは監督の故郷、宮城県で撮影しているところだ。東日本大震災で甚大な被害を受けた故郷に対する思慕が、この映画のノスタルジーを特別なものにしている。

 映画の終盤に廃墟になった校舎の場面がある。大きな犬を連れたワンピース姿の2人の少女が歩いていく。窓から見た幻のような美しい光景。まるで過去が蘇ったような、とてつもない美しさだった。この映画の主人公、乙坂鏡史郎がその少女たちと学校で邂逅するその瞬間こそ、岩井俊二が最も描きたかった場面ではなかろうか。

『Love Letter』同様、『ラストレター』は死を前提にして描かれる岩井俊二の普遍的で寛容な映画である。岩井監督特有の映画的な時間の流れは誰にも真似できないものだとスクリーンと対峙しながら私は実感した。とにかく登場人物のキャラクターが皆、愛おしい。広瀬すずと森七菜の瑞々しさ。松たか子の人間味。特に鏡史郎を演じる福山雅治の力の抜けた演技は新たな魅力を発揮している。そして、終盤に現れるスペシャルなキャスティングによって胸を躍らせるような仕掛けまである。岩井映画の名作『Love Letter』に目を向けながら作られた、新たな手紙物語を私は堪能し、感動した。

■映画情報
・『ラストレター』
2020年1月17日(金)より、全国東宝系にてロードショー
映画ラストレター 公式HP:last-letter-movie.jp

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回佂山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』、18年は岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』が公開。待機作として『窮鼠はチーズの夢を見る』と又吉直樹原作の『劇場』が2020年公開予定。


(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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