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瀧口修造、阿部展也、大辻清司、そして牛腸茂雄。4人がつなぐ「前衛」の心持ちを、写真を通して千葉市美で読み解く【what to do】

「前衛」の知識がなくても楽しめる企画展。バナーの写真は、牛腸茂雄《見慣れた街の中で 30》1978-80年 新潟市美術館蔵(撮影・高橋直彦)

知的好奇心あふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。それが”what to do”。今回取り上げるのは、写真を通して見る「前衛」の変容について。戦前の一時期盛り上がった外連味たっぷりの前衛写真とは異なる、もう一つの静謐な前衛写真の流れがあったことを、千葉市美術館で5月21日まで開催されている企画展が教えてくれる。いわゆる「なんでもない写真」にシュルレアリスムの美を見出そうとする試み。それが戦後へと続き、現代の写真にまで引き継がれていく様を見つめたい。

SNSなどに、気軽に撮影されたスナップ写真があふれかえっていることも影響しているのだろうか。ここ数年、手の込んだ「前衛」をテーマにした写真展が相次いで開かれている。以前、小欄で紹介したように、「『写真の都』物語―名古屋写真運動史:1911-1972―」展(名古屋市美術館)、「ソシエテ・イルフは前進する 福岡の前衛写真と絵画」展(福岡市美術館)、そして昨年夏には「アヴァンガルド勃興 近代日本の前衛写真」展(東京都写真美術館)も開かれた。

大辻清司《無言歌》1956年 千葉市美術館蔵

前衛写真は1940年代前半に収束してしまったのか?

いずれも1930年代から40年代にかけて一気に盛り上がり、あっという間にしぼんでしまった前衛写真を中心に取り上げていた。いずれも刺激的で、今から90年ほど前の写真とは思えない斬新さ。ところが各展示を見終わって、疑問も残った。以前の小欄ではこう書いた。「前衛写真の動きは40年代前半に収束してしまったとされるが、本当にそうだろうか。活動を担った人物が写真家として従軍していたり、斬新なレイアウトで知られる対外向けプロパガンダ雑誌に写真を提供したりしているからだ。戦後になると再び前衛的な写真表現を続ける作家もいたし、「主観主義写真」という新しい活動に賛同する作家もいた。そうした写真家の取り組みは、戦後の実験工房などの動きを含め、現在の広告ヴィジュアルや雑誌のレイアウトなどにも影響しているのではないか」

大辻清司《物体A》1949年 千葉市美術館蔵

「前衛の写真」の変容を現代までたどれる好企画

そうした素朴な門外漢の疑問に応えてくれる企画展が千葉市美術館で開かれている。題して「『前衛』写真の精神:なんでもないものの変容」展。瀧口は戦前、写真におけるシュルレアリスムについて「日常現実のふかい襞のかげに潜んでいる美を見出すこと」と語っている。それに共鳴した阿部が街の風景にカメラを向け、彼らに影響を受けた大辻が戦後、「なんでもない写真」と題したシリーズを手がける。さらに大辻の愛弟子の牛腸も「見過ごされてしまうかもしれないぎりぎりの写真」と話すように、独自の視点で「なんでもない」日常をカメラで切り取っていった。彼の写真は現在活躍中の写真家に絶えず刺激を与え続けている。その多くの作品が戦前の技巧的なイメージの写真とは異なる静謐なイメージ。60年代から70年代にかけて流行した、日常をさりげなく撮影した「コンポラ写真」はその典型だ。やはり、前衛写真の動きは40年代前半に収束などしていなかった!

自宅で飾っている牛腸作品。随分前に購入した。千葉市美でも前期に展示されたようだ。仕事に疲れたとき、この写真をながめていると癒やされる(撮影・高橋直彦)
牛腸茂雄《幼年の「時間」1》1980年頃 新潟市美術館蔵

4人にとって節目の年に開かれる企画展

東京都写真美術館でもそうだったし、千葉市美術館での展示でも取り上げているが、フランスの写真家、ウジェーヌ・アジェの作品が出発点になっていることがわかる。彼は19世紀末から20世紀にかけてパリ市内の何気ない光景を撮影したが、それがシュルレアリスムの先駆けとして当時のアーティストや瀧口らに評価され、「前衛」の精神が引き継がれていった。今展では、その実例を、計約270点の作品を通してたどることができる。偶然だが、今年は瀧口の生誕120年、阿部の生誕110年、大辻の生誕100年、そして牛腸の没後40年の節目の年に当たる。そんな4人に着目して「前衛」という枠組みで写真史を切り取って見せた企画担当者の手際の良さを称賛したい。

阿部芳文(展也)《『フォトタイムス』15巻6号表紙掲載写真》1938年 新潟市美術館蔵 

同時開催の「実験工房の造形」展も見逃せない

千葉市美術館では瀧口が精神的なリーダーを務めた実験工房についての展示も同館独自の企画として同時開催されている。19世紀末から始まった前衛の精神の変容を知ることのできる何とも贅沢な内容。いずれも会期は5月21日までなので急いで。もっとも、「『前衛』写真の精神:なんでもないものの変容」展は仮に見逃してもチャンスが残っている。千葉の後、富山県美術館(富山市)、新潟市美術館、渋谷区立松濤美術館(東京都)へも巡回するからだ。必見!

大辻清司《瀧口修造夫妻、書斎にて》1975年 富山県美術館蔵
千葉市美で同時開催中の「実験工房の造形」展も見応えがある。こちらは同館の独自企画(撮影・高橋直彦)

お問い合わせ先

千葉市美術館

Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。今、ファッション誌などをめくると、それこそ「なんでもない写真」であふれかえっている。そんな写真を見て、「シュールだね」とつぶやくことがあるが、それが瀧口たちが大切にした「前衛の精神」に近いのかも知れない。そう思うと、敷居が高いと思っていた「アバンギャルド」も身近に感じられる?

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