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【what to do】茶箱、茶入、そして茶碗……。水無月の東京で茶道具収集の深淵に触れる

桐木地菊置上茶箱 1組 江戸時代・18~19世紀 北三井家旧蔵

”what to do”は知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。今回は「和」。都内で開かれている茶道具展を巡り、収集にかけた数寄者たちの底なしの執心にそろりと触れた。

この夏、小さなボウルを買った。1995年に亡くなった英国の女性陶芸家の作品。この作家にしてはデザインが地味で、あちこちに継ぎもあるため、相場より大分安かった。だから買えた。夏用の茶碗に見立て、早速使い始めた。見込みの白さに抹茶のグリーンが映えて塩梅がいい。

手に入れたボウル。家族には内緒だが、不特定多数の人には公開するというデジタルの大いなる逆説。継いである部分は見えないように撮った(撮影・高橋直彦)

茶箱に手を出すと戻れなくなる

ボウルを買った古美術店の主人と雑談をしていて、店先に飾ってあった黒田辰秋の漆塗りの手筥(てばこ)の話から、買えるわけでもないのに「これを茶箱にしたら、どんなにいいだろう」と妄想を膨らませた。それを見透かすように「茶箱に手を出し始めたら、後戻りできなくなりますよ」とやんわりたしなめられた。

茶箱とは、茶道具一式を入れた小箱のこと。同様に茶籠もある。茶筌筒、茶巾筒、振出、そして茶碗……。中に仕組む道具の意匠やサイズといった「最適解」を求め始めると、様々な意味できりがなくなってくるという。「理想」に近づくための変数があまりにも多すぎるのだ。

その「最適解」とはどのようなものなのか? 三井記念美術館(東京・日本橋室町)で開催中の「雪月も花も友とて… 茶箱と茶籠」展に手がかりを求めた。北三井家伝来の茶箱・茶籠を中心に紹介している。例えば、6代三井高祐(たかすけ)(1759~1838年)が仕立てたとされる「桐木地菊置上茶箱」。桐の木地に胡粉で菊の花が置き上げられている。大きさは高さ13.1センチ、縦21.3センチ、横14.0センチ。その中に茶碗、建盞、茶器、小棗、象牙の茶杓、茶巾筒、そして茶筌筒が入る。いずれも豪華で、茶碗は北三井家の名物茶碗で『大正名器鑑』にも掲載されたものと同じ淀屋金襴手だ。

唐物竹組大茶籠 三井高福所持 1組 江戸時代・慶応2年(1866年 ) 北三井家旧蔵
上の茶道具や香道具を隙間なく茶籠に詰め込む。そこにも独特の美意識が

さらに同館所蔵の茶箱・茶籠で最大サイズの「唐物竹組大茶籠」(高さ20.0センチ、縦42.6センチ、横30.5センチ)になると、思わずため息が出る。8代の高福(たかよし)(1808~85年)の所持品。組み込まれた茶道具は40種類以上になり、香道具も含まれる。茶籠を納める内箱の蓋裏には表千家11代碌々斎による「月雪も花も友とて茶箱かな」と墨書され、今展の副題はここから採られた。高福自身は明治維新の動乱で、この茶籠を使ってお茶を楽しむ機会はなかったようだが、10代の高棟(たかみね)(1857~1948年)は1930年に箱根の別荘でこの大茶籠を使って茶会を開き、招待客の益田鈍翁らの度肝を抜いたという。

一閑張皆具茶箱 三井高棟所持 1組 飛来一閑作 明治時代・19世紀 北三井家旧蔵

海外に茶箱を持参し、旅先で茶を喫す

一方で高棟は手のひらに収まるほどの小さな茶箱も愛用していた。「一閑張皆具茶箱」がそれ。その大きさは高さ9.2センチ、長径12.6センチ、短径9.6センチ。1910年に満州(現中国東北部)からロシア、ヨーロッパ、そしてアメリカを視察旅行した際にこの茶箱を持参し、旅先で茶の湯を楽しんだという。こんな人が100年以上前にいたのだ。やはり、おいそれと茶箱には手を出さない方がよさそうだ。いや、出してはならない。眺めているだけで十分、幸せな気分になれるのだから……。

『大正名器鑑』(初版本) 高橋義雄(箒庵)編 日本・大正10年~昭和2年(1921~27年) 根津美術館蔵

それにしても茶道具の収集は奥深い。数寄者たちの収集にかける思いの強さを根津美術館(東京・南青山)で開催中の「茶入と茶碗 ー『大正名器鑑』の世界ー」展でも垣間見ることができる。「茶箱と茶籠」展でも名前の出てきた『大正名器鑑』とは、大正10年(1921年)から刊行が始まった茶人のための大名物図鑑。昭和2年(1927年)までかけて全9編11冊にも及び、茶入と茶碗に限って計875点の伝世品を名物として取り上げ、鑑賞ポイントを明確に示した。その後の茶道具に対する鑑識眼のスタンダードになったと言ってもいいだろう。今展はその刊行から100年を記念して企画された。

重要文化財 肩衝茶入 銘 松屋 福州窯系 中国・南宋~元時代 13~14世紀 根津美術館蔵

2Dの名品を3Dで実見する貴重な機会

編纂したのは高橋義雄(1861~1937年、号・箒庵)。新聞記者を経て実業界に入り、50歳で引退。以後茶の湯を中心に趣味の世界に生きた。何ともうらやましい。『大正名器鑑』に載っている名品のうち、根津美術館所蔵の茶入と茶碗計30点を展示。「堅手茶碗 銘 長崎」や「肩衝茶入 銘 松屋」といった重要文化財も多く、所蔵品だけで展示を構成できるのが素晴らしい。『名器鑑』で紹介されている2Dの名品の数々を3Dで間近に実見できる貴重な機会でもある。

重要文化財 堅手茶碗 銘 長崎 朝鮮・朝鮮時代 16~17世紀 根津美術館蔵

いずれの展示も「敷居が高そう」と、敬遠する人がいるかもしれない。しかし、『マリ・クレール』の愛読者ならひるんではいけない。「茶箱と茶籠」展は限られたスペースに愛用品を詰め込む苦心惨憺の痕跡が何となくユーモラスだし、「茶入と茶碗」展も大の大人が日々の暮らしには何の役にも立たない茶道具博捜に奔走する様子がかわいらしくさえ思えてくる。細々とした蘊蓄など知らなくても、美しいものの放つオーラには敏感に反応できるはず。展示にどっぷりはまり込むより、少し突き放してクールに見つめるのが『マリ・クレール』流の楽しみ方かもしれない。

展覧会情報
「三井記念美術館コレクション 雪月も花も友とて… 茶箱と茶籠」
会期: ~6月27日(日)
会場: 三井記念美術館(東京・日本橋室町)
TEL: 050-5541-8600(ハローダイヤル)
URL: http://www.mitsui-museum.jp

「茶入と茶碗 ー『大正名器鑑』の世界ー」
会期: ~7月11日(日)*月曜休館(日時指定予約制)
会場: 根津美術館(東京・南青山)
TEL: 03-3400-2536
URL: http://www.nezu-muse.or.jp

Profile

高橋直彦

マリ・クレール副編集長。盛夏に向けてガラスの茶碗も涼しかろうと物色し始めたが、平凡な会社員としての理性が勝って思い留まり、今のところ、平穏な日々。

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