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ブルネロ・クチネリの人生の軌跡がドキュメンタリー映画に

ラグジュアリーブランドはいま、何を語り、何を遺そうとしているのか。思想や哲学を未来へどう手渡すか。その問いに対し、ブルネロ・クチネリ氏が選んだのが「映画」という表現だった。ローマ・チネチッタでのワールドプレミアは、その姿勢を象徴していた。

この日、ローマは12月というのに、刺すような日差しに輝いていた。イタリア映画の発祥地、チネチッタ。フェリーニが、ヴィスコンティが名作を完成させたローマにある映画の撮影所である。その中に新たに建造された天井高25mという「テアトロ22」において、映画『ニュー・シネマ・パラダイス』⦆で知られるジュゼッペ・トルナトーレ監督の新作『BRUNELLO:IL VISIONARIO GARBATO』(仮邦題『ブルネロ:礼節ある先見者』)のワールドプレミアが行われた。

テアトロ22
今回のプレミアはヨーロッパ最大級の規模を誇る新たなスタジオ「テアトロ22」のこけら落としでもあった

古代ローマの建築物の並ぶ通りに蝋燭の赤い光が道を成し、よく見ると道には東西の哲人達の言葉が浮いて見える。広さ、深さ、高さ、仮想性。ローマならではの特別な空気が漂う中を、世界中から招かれた1000人近い人々が「テアトロ22」に向かってそぞろ歩いて行く。その光景はすでに架空の世界に近い。

チネチッタ
映画のワールドプレミアが開催されたローマのチネチッタ。会場に続く幻想的な通りにはクチネリ氏が影響を受けた哲学者たちの言葉が浮かび上がる

映画はブルネロ クチネリ社とMasi FilmがRai Cinemaと共同で制作した。3年に及ぶ製作期間であったという。ドキュメンタリーと俳優によるフィクションを織り交ぜながら、クチネリ氏の農村での幼少期、ソロメオ村の再生、世界規模の企業の構築まで、彼の人生の要所を旅する2時間の映画である。イタリア国内では、すでに12月に映画館にて上映された。日本ではこの秋に向けて公開の予定だという。

brunelloIL VISIONARIO GARBATO
photo: Stefano Schirato

家族の温かい愛情に包まれ、夜には星を眺めるクチネリ氏の幼少期の環境が「勇気と共に育まれた夢こそが人の運命を導く真の力である」という言葉を同氏の心に根付かせたのであろうことがうかがえる映画である。人と人との間の温かい感情に満ちたこの作品は、創業者ブルネロ・クチネリ氏の経営の基本の姿勢をまさに伝えるもの。

brunelloIL VISIONARIO GARBATO
「証言、アーカイブ、個人的回想を土台とした“伝統的ドキュメンタリー”の形式に加え、主人公の人生の最も象徴的な章を“映画的な演出による再現”として描く二重構造を採用した」とトルナトーレ監督
photo: Stefano Schirato

映画の中では、直接商品について語られることはない。代わりに、創業者の人生や経営哲学、労働観、地域社会への投資といった企業の存在価値の方を明確にしている。映画を通じて、自らの言葉と文脈で自社の思想と価値観を提示しているのである。SNSの数値など第三者の反応に依存する自己同定の方法を取ってはいない。

著名なトルナトーレ監督を起用した点も重要である。通常、企業動画製作ではコスト効率が優先されるが、この映画では、適正な製作費の計算よりも文化的な信頼性と作品の寿命の方が重視される。良い映画として評価され続ける限り、製作費は一過性の広告費ではなく、無形資産として企業価値に寄与し続け得る、という考え方だ。

brunelloIL VISIONARIO GARBATO
左からジュゼッペ・トルナトーレ監督、ブルネロ・クチネリ氏、映画でクチネリ氏を演じた俳優たち

また、映画を通じて倫理性や文化性、長期的視点の経営という文脈が補強されることで、価格についての人々の納得が得られやすくもなる。現在の一般的なマーケティング戦略が、「如何に効率よく多くの消費者を動かし得るか」を重視するのに対し、クチネリ氏の映画戦略は、「誰に対して深く届けるか」を重視するもの。ブランドの耐久性を高めていくための手段と言える。 そう、この映画作りは、広告費を使った販売促進活動ではなく、クチネリ氏の経営哲学を資産化するためにも有用なのである。短期の成果に焦点を合わせるのではなく、10年、20年単位で競争力を維持するための基盤を構築しようとするものだ。この姿勢こそが、「ブルネロ クチネリ」ブランドが、他と一線を画す理由である。現代ビジネスにおける示唆に富んだ一例と言える。


brunelloIL VISIONARIO GARBATO

BRUNELLO:IL VISIONARIO GARBATO』(仮邦題『ブルネロ礼節ある先見者』)
監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽:ニコラ・ピオヴァーニ
日本では今年秋の公開を予定

「ブルネロ クチネリ」能登半島地震の被災地支援。輪島塗の作品を表参道アートスペースで展示販売
モードに愉しむ乗馬のスピリット

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