現代最高のテノール、バンジャマン・ベルナイムを聴く
2025.2.27

マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。「2024年パリ・オリンピック」閉会式、ノートルダム大聖堂再開記念式典で、 世界を前に歌ったフランス人オペラ歌手はなぜフランス語で歌うことにこだわるのか。
2025.2.27

マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。「2024年パリ・オリンピック」閉会式、ノートルダム大聖堂再開記念式典で、 世界を前に歌ったフランス人オペラ歌手はなぜフランス語で歌うことにこだわるのか。
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フランスを代表するテノール歌手、バンジャマン・ベルナイムのコンサートを聴く機会がありました。彼の柔らかく、どこまで伸びるのだろうかと思わせる声と、上品で格調高い歌い方は、まさに現代の最高峰と言えるテノールでした。東京文化会館を埋めた満員の聴衆は、スタンディングオベーションでこの傑出した39歳のテノール歌手をたたえました。
彼はパリ・オペラ座、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場、ベルリン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、英国ロイヤル・オペラといった世界有数の歌劇場に定期的に出演しています。特に様々なフランス音楽を得意とし、いま世界で最も注目を集めるスターテノールでもあります。
「2024年パリ・オリンピック」の閉会式では「アポロ賛歌」を歌い、その姿は世界中に放映されました。また昨年12月のノートルダム大聖堂再開記念式典では、参列した世界のVIPの前で、シューベルトの「アヴェ・マリア」を歌いました。

東京でのコンサートスケジュールの合間に、銀座並木通りのLE CAFE V(ル・カフェ・ヴィー)で彼の友人を招いたインティメットなお茶会があり、私もそこに招かれ、その後のインタビューでは、フランスのオペラ界やオペラを取り巻く状況、そして彼のオペラ歌手としてのこれからについて聞くことができました。少し長くなりますが、彼の言葉を再現してみたいと思います。
「オペラというとどうしてもイタリアやオーストリア、ロシアをイメージしてしまうのですが、フランス人の僕は、かなり若い時からオペラ歌手を目指していました。早い段階でローザンヌやザルツブルクなどの舞台でイタリア・オペラやロシア・オペラを歌う機会はありました。でもフランス・オペラはトップスターにしか歌うことができないので、僕はずっとその機会が来るのを待っていました」
──なぜ、トップスターにしか歌えないのですか? 音楽として難しいのですか?
「もちろんそれもありますが、フランスではフランス音楽のオペラチケットはなかなか売れない、トップスターが出演するフランス・オペラしか劇場を満杯にできないという状況があったのです。そんな中で、僕は少しずつフランス・オペラを歌い始め、その結果、『バンジャマンだったらフランス・オペラを任せられる』という評価を得、今ではいろいろな都市からフランス・オペラを持ってきてほしいと頼まれるようになりました」
──音楽としての難しさという部分をもう少し説明していただけますか?
「フランス語は音楽に最も向かない言語ともいわれ、フランス語のオペラは非常に難しく、しっかり歌える人がとても少ないのです。またフランス・オペラはイタリア・オペラと比べるとかなり文学的であり哲学的な意味もあり、それをどう訳すか、どう伝えるかが大事になります。フランス人として、フランス文化を愛し、フランス語で歌うことが好きな僕は、そのことが自身の使命であり責任であり、文化の伝承であるという思いを抱きながら、世界中で歌うことを大切にしています」
──オペラ座に行くのは世界最高峰のアスリートを見に行くのと同様だと思ってほしいとも発言されていますが、これはどういう意味でしょう。
「オペラというのはフランス文化にとって、外のコミュニティに触れるということです。なぜならオペラを聞きに行くという行為は、きちんと着飾って、その場所に足を運ばなければならないという社会的な行為であり、現在、やっと人々がそこに喜びを見出す傾向になりつつあるのではないかと思っています。
オペラ座は歴史的にソーシャルな場所として位置づけられていました。しかしここ30年程はその習慣がフランス人から失われつつありました。その背景には、社会的な環境も変わり、人々が着飾らなくなったということがありました。しかしコロナ禍を経て、お洒落をして外出する特別な機会、何か好きなもの、興味あるものを探し求めに行くという、ある意味、旅する感覚がまた芽生えてきたのだと思います。
もちろんオペラ鑑賞は高額ですから、どうしてもエリート層に客層が偏ってしまうと思われがちですが、オペラ座というのは元々、誰もが行ける場所としてつくられたものです。観客席にもいろいろなクラスの席があり、各層に対してオペラは開かれているのです。星付きレストランのディナーは難しいけれど、ランチなら楽しめるかもしれないという考え方ですね。つまり、オペラ座でどの席に座るかというのは個人的な金銭感覚や価値観によるものなのです。
今、ヨーロッパではどのオペラ座も掲げているのが『Opera for Everyone』(オペラをみんなに)という動きです。ヨーロッパの文化であるオペラを守っていこうという動きです。これから20代、30代といった若い世代や、オペラはハードルが高いと思っている人たち、好奇心はあるが行ったことはないという人たちをどう引き寄せるか、ということを考えています。例えばベルリンのオペラ座の前では大きなスクリーンでオペラを生中継して、無料で開放しているのです」

またバンジャマンは最近「Douce France」という19世紀フランスのロマン派を代表する3人の作曲家の曲と20世紀を代表するシャンソンとのCDを出しています。その中から「枯葉」を含めてシャンソンを数曲コンサートの最後に歌いました。イヴ・モンタンの歌い方とかではなく、彼自身の歌い方で。それはもちろん音楽をもっとアクセシブルなものにという狙いもあるのですが、フランス語の歌詞が理由だと言います。
「フランス語には、非常に美しく、誰が聞いてもわかる文章、誰にでも響く文章というものがある。それをきちんと伝えること。フランス語の美しさを大事にしていきたい。オペラだろうがシャンソンだろうが、最高峰の音楽というものを届けたい、知ってもらいたいという目標があるのです。フランス文化には建築や料理、絵画やファッションといった世界で最高峰のものがいくつもあります。それと同様にいかにフランスの歌、音楽のすばらしさを伝えていくかというのが私にとってチャレンジであり、目標なのです」
若きテノール歌手の世界を見つめる目線を感じていただけただろうか。歌が非常に上手いだけではない、歴史や文化を背負っていまを生きる人間の誇りを、私は彼から受け取った気がします。
2025年2月27日
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©︎marie claire
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