トマ デュ=プレ=ドゥ=サン=モー(Thomas du Pré de Saint Maur) フレグランス&ビューティ/ウォッチ&ファインジュエリー グローバル クリエイティブ リソース ディレクター フランスのエセック経済商科大学院大学を卒業後、著名なフレグランスメゾンやファッションブランドでキャリアを積む。2008年、シャネルのフレグランス&ビューティのマーケティングディレクターに就任。その後、2014年より現職。文学や歴史に精通し、大の読書家でもある。自身は、シャネルの香水“N°22”を愛用している。
──はかなく消えてゆく香水の本質を、永遠の存在であるジュエリーでどう表現できるでしょうか?
T 香水もまた、永遠の存在です。太古から死者の防腐剤として使われてきた香水は、永遠性と聖なる儀式を物語っています。それは宝石に神聖さを感じられるのと同じです。逆に言えば、宝石の輝きよりもはかないもの、あるいは、肌に映る光の煌めきよりも移ろいやすいものが他にあるでしょうか?
T N°5は、あらゆるものにインスピレーションを与えることができる、香りの絶対的な力というものを見せてくれます。パトリス・ルゲローは「コレクション N°5」をデザインするにあたり、単にボトルの形を再現するのではなく、むしろ香水から一定の距離を置き、自由に表現することで、香水の真髄を捉えようとしました。N°5はコンセプトやインスピレーションの源として、イマジネーションをふくらませ、翼を与えてくれる存在なのです。
T それは時間をかけて構築されるものです。研究室のフラスコの中身が高級品となり、世界中の香水のアイコンになるなど、20世紀初頭、誰が想像したでしょうか。そこに至るまでには、マリリン・モンローのベッドシーツとアンディ・ウォーホルの作品がもたらしたような、運も必要です。ですが何よりも、そのモノが社会の生きたモデルであり続け、その時代の言葉で表現し、価値を傷つけられることを恐れず、その時代を語る存在であり続けなければなりません。
──「シャネル」はジュエリーに何をもたらしたのでしょうか?
T ジュエリーの世界には存在しなかった、コレクションという考え方です。1932年、ガブリエル・シャネルは「Bijoux de Diamants (ダイヤモンド ジュエリー)」という明確なテーマを持った初のハイジュエリー コレクションを発表しました。それまでは依頼を受けて制作される芸術作品であったジュエリーに、コレクションや目的、世界的な戦略、デザインの背後にある熱い思いを反映させ、新しいラグジュアリーへと変化させたのです。それぞれのピースの佇まいや感触を際立たせ、身につける女性に特別感をもたらしたジュエリー コレクションは、当時としては実に画期的なものでした。また、「シャネル」はハイジュエリーにエレガンスをもたらしたと思います。「シャネル」という名前は卓越した品質の証しであり、モノそのものよりもスタイルが重視されます。私たちが「シャネル」のスタイルに忠実である限り、かなわないものは何もありません。
「コレクション N°5」を象徴するプレシャスなネックレス“55.55”を纏った女優のマリオン・コティヤール。彼女の首元で、ボトルストッパーとパリ・ヴァンドーム広場を着想源に、完璧な八角形にカスタムカットされた55.55カラットのエメラルドカット ダイヤモンドが崇高なオーラを放つ。ジュエリーにも負けない存在感が魅力のマリオンは、香水“N°5”のミューズにも抜擢されたブランドアンバサダーである。ネックレス“55.55”[WG×ダイヤモンド(センターダイヤモンド55.55ct、D FL type2Aという稀少なダイヤモンド)](非売品)(シャネル/シャネル カスタマーケア)photographed by Karim Sadli, 2021
──そのスタイルをどう定義しますか?
T ジュエリーのスタイルにはある種の軽やかさが求められますが、脆さとは違います。ストーリーについて多くを語らず、詩的で夢のようなものでもありません。一体となって1つのピースを作り上げなければならないのです。また、ジュエリーのラインや色の使い方、モノクロームのカラーパレットの選択に、視線を惹きつける揺るぎのない個性が反映されています。「シャネル」のジュエリーは妥協を許しません。
──“55.55”のネックレスを纏うミューズに女優のマリオン・コティヤールを選んだ理由は?
T 私たちはずっと前から、マリオン・コティヤールと仕事をしたいと思っていました。女優である彼女はフランスの精神、つまり、規律と自由という、相反するものをしなやかに組み合わせた象徴のような存在です。“55.55”のネックレスは、N°5という香水の精神を見事に体現しています。このネックレスを身につけるのはやはり、N°5の顔であるマリオン・コティヤール以外に考えられません。