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【Welcome to marie claire style monsieur】イヴ・サンローラン

(c)イヴ・サンローラン/The Estate of Jeanloup Sieff/amanaimag

【8月24日 marie claire style】数年前、来日していたフランスの俳優パスカル・グレゴリーと、根津の小料理屋で食事をしたことがある。うまそうに刺身をつまみながらパスカルが質問した。「ムッシュ・タイの最も評価するファッションデザイナーは誰か?」と。迷わず私の口から出たのは「イヴ・サンローラン」。すると彼は「なぜサンローランなのか?」と再び質問した。私はためらわずに「リヴ・ゴーシュ」と答えた。彼はその返答に「そうだね、やはりサンローランがリヴ・ゴーシュをやったことはすごいことだ」と納得しながら頷き、持っていた杯を一気に飲み干した。

 後で知ったのだが、生前のイヴ・サンローランはパスカル・グレゴリーを贔屓にしていて、彼の舞台の初日には赤い薔薇の花束を楽屋へ贈っていたという。

 20世紀のファッション界の一大エポックメイキングな出来事はプレタポルテ(高級既製服)の誕生だ。それまで服といえばオートクチュールだったのが、サンローランがセーヌ川の左岸(リヴ・ゴーシュ)にその名も「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」という店を出し、プレタポルテの時代の扉を開いたのだ。現在よく知られているパリコレという言葉はパリ・プレタポルテ・コレクションのことなのだ。

 イヴ・サンローランは当初レディースのみのコレクションを発表していて、メンズのコレクションはなかった。サンローラン自身は「アルニス」や、当時とても人気のあった「レノマ」の服を着ていたという。そのサンローランが満を持してメンズ・コレクションを発表したのは1970年代の初頭。そのコレションはイタリアの名編集長フラビオ・ルッキーニが作るメンズ・ファッション誌『L’UOMO VOGUE』に10ページ以上にわたって掲載され、定期購読していた私は、食い入るようにそのページを何回も何回も見た記憶がある。

 青山通りに、絵画館前から続く銀杏並木がぶつかるあたり、ガソリンスタンドの跡地に「サンローラン リヴ・ゴーシュ」東京店が誕生したのは1970年。

 外観はコンクリート打ちっぱなしと赤と黒のガラスでできた洒落たお店だった。

 店内には階段を数段上がってから入るという、いかにも入りにくい佇まいの店だった。しかし一歩店内に入ればコンコルド旅客機をデザインしたイザベル・エベのインテリアに、パリから直送されたドレスやアクセサリーが並び、まさにパリの匂いを感じさせてくれた。

 この店に何回通ったことだろう。何着ジャケットやシャツ、セーター、そして靴を購入したことだろう。『L’UOMO VOGUE』の誌面ですっかり「イヴ・サンローランリヴ・ゴーシュ」に魅せられた私は、購入予定がない時でも、見るために店に行ったものだ。ただただ「サンローラン」の服が着たくて。当時は珍しかったクレープソールのシューズ、グリーンの地に白い小さなドットの入ったシャツや花柄のシャツは本当に着心地がよかった。大のお気に入りだったマルーン色のベルベットのジャケットは、20年近くも私のクローゼットでその存在を主張し続けた。もちろん内胸には、ブラックのSAINT LAURENTとRIVE GAUCHEの文字の間に鮮やかなピンクの正方形をあしらったブランド・ロゴが誇らしげに付けられていた。

 イヴ・サンローラン本人は1998年の春夏コレクションで見かけたことがあり、その神経質そうな容貌が記憶に残っている。またサンローランの公私のパートナーであったピエール・ベルジェ氏が書いた『イヴ・サンローランへの手紙』の翻訳版を編集したこともあり、今まで知らなかった彼の一面を、その書籍から知った覚えがある。嬉しいことに、その書籍はサンローラン財団のショップで、唯一販売されている日本語の書籍だ。

 私個人のファッション業界への興味を初めて掻き立ててくれたサンローランの服たち。残念ながら手元には残っていない。けれど、私はこれらの服からファッションの楽しさと奥深さを教えられた。

 メンズ・ファッションの世界でもその存在感を見せつけたイヴ・サンローラン。彼の後継者たちがメンズ・ファッションの世界をさらに活性化することを、イヴ・サンローランの一ファンとして強く願っている。

田居克人/marie claire style monsieur編集長 

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(c)marie claire style/text:Katsuto Tai、photo: The Estate of Jeanloup Sieff / amanaimages

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