鮨(すし)職人 幸後綿衣【挑戦する女性たち #1】
2024.4.30

昨年11月に独立し、自分のお店「めい乃」をオープンした鮨(すし)職人の幸後綿衣さん。彼女の生い立ちから鮨職人を目指したきっかけ、お店に込めた思いを通して、挑戦の原動力を探る。
2024.4.30

昨年11月に独立し、自分のお店「めい乃」をオープンした鮨(すし)職人の幸後綿衣さん。彼女の生い立ちから鮨職人を目指したきっかけ、お店に込めた思いを通して、挑戦の原動力を探る。
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幸後綿衣さんが鮨職人を目指そうと決意したのは、大学4年生のとき。同級生たちが就活を終えて働き先が決まっていくなか、自分の将来にはビジョンを持てずにいたという。
「ずっと好きなことを仕事にして、自分でお金を稼いで生きていきたいと思っていました。でも、当時の私は将来をささげられそうなものが見つからず。そんなとき、父が『鮨職人とかおもしろくない?』と言ってきたんです。その時は『え、それはないでしょう』と思ったんですが、よくよく考えたら、すごい可能性あるかもと思って(笑)。女性の鮨職人がいないからこそ開拓しがいがあるし、父には『何をするのも一番になれ』とよく言われてきたので、頑張ったら輝けるかもしれない、と」
もともと、お酒や食へのこだわりがある家庭環境で育ったという綿衣さん。つきだしが出て、メインを食べて、最後にしめを作る、そんな凝った手料理をふるまう料理好きな母親の存在も大きい。

「なぜ鮨だったかというと、日本人であることを最大限生かせると思ったからです。それに、技術を身につけたら、海外に行っても生きていけるかなと。出身は北九州なのですが、小倉の有名店『天寿し』にも連れていってもらっていましたね。つい先日、親方が食べに来てくれて。感慨深かったです。まさか、お鮨を握ってもらっていた方にお鮨を握る日が来るなんて」
ただ、10代のころは一筋縄ではいかない時期もあったようだ。中学時代に東京に憧れ、高校1年生で北九州から上京。「勉強して成績がよければ、お化粧しても好きな服装をしても先生は何も言わないし、やる事やってればいいでしょみたいな感じでした。ただ、上京は私のわがままだったので、両親に申し訳なくて。喜ばせたい一心で勉強して、上智大学文学部ドイツ文学科に進学しました」
卒業後は、気になったらまずはやってみるの精神で、東京すしアカデミーに通うことに。女子生徒の数は、たった1割程度。卒業生は海外や、カジュアルなお店に就職する人がほとんど。有名店を目指す女性の鮨職人は0に等しい。
「女性は歓迎されていない世界かもしれないということへの鈍感さもあると思いますが、自分がやりたいと思った気持ちを周囲の反応で曲げることは絶対にありません。それに、飲食の世界は間口が広いんです。その代わり、残ることの方がずっと厳しいんだと思います」
はじめての修業で『すし匠』(四谷)の門をたたき、『西麻布 拓』、『鮨 あらい』(銀座)と10年越しの修業。いざ振り返ると、気が付いたら終えていたと感じだと綿衣さんは語るが、最初のころは月日が流れるのを長く感じるほど辛かったという。
「修業は、みんな平等に辛いもの。女性だからということはありませんが、強いて言えば、体力の差はありますね。18歳の男性と肩を並べて働いて、重い物は持てませんとは言っていられないので、頑張るしかありません。それにホルモン的な問題で精神的に不安定になることもある。でも、どれも男性にもあてはまるかもしれないことですよね。この業界は労働時間が長いので、朝から明け方まで働いて、家では寝るだけという毎日。一緒に働く人と家族以上に多くの時間を過ごすことになります」
『すし匠』は弟子が10人程。一番下の役回りは掃除。最初の頃は、店内のふすまの木枠をずっとふく掃除で、ひたすら木目と向き合い続けなければならなかった。

「人目につかない瞬間にちょっと泣くみたいな生活でしたね。週1で休みがありましたが、疲れすぎて心身ともにギリギリの状態。目標って日常を過ごす上では、忘れていってしまうもの。今日仕事に行って、明日も行くことに精一杯になってしまって、先のことなんて考えていなかった。そんなとき、救いだったのは、毎日来てくださるお客さんたち。親方に注意されて、カウンターで怒られても、『頑張ってね』と応援してくださって。お店は忙しいし、ゆっくり魚を下ろしながら教えてもらう時間は文化的にもありません。何か教えてもらっても、自分で作って練習するしかない。一回やらせてもらって、できるかできないかのシビアな世界なのです」
幸後綿衣(こうご・めい)
1989年徳島生まれ。福岡育ち、高校進学と同時に上京。上智大学卒業後、「すし匠」「西麻布 拓」「鮨 あらい」で10年にわたり修行。2018年には1年間フランスに留学しソムリエ資格を取得。2019年「鮨 あらい」に復帰し、2020年から2番手として腕を振るう。2023年11月に独立し、麻生十番に「鮨 めい乃」をオープン。
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