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鮨(すし)職人 幸後綿衣【挑戦する女性たち #1】

できないことがあると、そんな自分が悔しくて、フラストレーションを募らせていたという。そんな修業中の印象的だったエピソードを尋ねてみた。

「ニューヨークへ逃亡しました。これは、フランスバージョンもあります(笑)。若いと一度は『もういやだ』って、逃げ出したりするもの。寮生活なので、だいたいすぐに捕まってしまうのですが、私の場合、5、6年目で、『もう行きたい!』と突発的にニューヨーク行きのチケットを取って何も言わずに飛行機に乗り込みました。でも、10日間くらい滞在するつもりが、その頃の自分にとってはニューヨークが全然合わなくて。結果的に予定より早く帰ってきてしまいました。当時の2番手の方にもインスタで見つかってしまい。でも、日本に戻ってからも同じように働かせてもらえて本当にありがたかったです」

豊かさを教えてくれたフランスでの日々

修業生活に再び身を置き、『西麻布 拓』に移った後は、香り高いワインの世界にどんどん魅せられていった。『お酒やワインは好きだからほっといてでもやるから、鮨を仕事にしなさい。高校野球の大谷君みたいに二刀流しなきゃ』というお母さんの言葉の後押しもあって、2018年にソムリエの資格を取得。そして、新井祐一の独立とともに『鮨 あらい』へ移った。

「この頃、鮨職人はつらくてワインは楽しい、と折り合いがつかなくなってしまっていました。ワインとちょっとした小料理でも生きていけるのかなと思ったり。そんなだったので、いっそ違う世界に身を置いて、1年間だけワイン漬けの生活をしてみようと。29歳だったので、ワーキングホリデーに間に合い、『鮨 あらい』を一度お休みして、フランスへ行くことに。誰よりもワインを学んで帰ろうと真剣に勉強しました。知らない土地でワインの生産者に、自分が何者かと伝えなければならない時に、『私は鮨を握れるよ』と言うとわかってもらえるし、現地で鮨を握ったら、すごく喜ばれ、『やっぱり鮨職人っていいな』とようやく思うことができました。自分が磨いたスキルで、どんな場所でも人を幸せにできる。そうだ、これが10代のときの目標だったんだと思い直せる時間でした」

フランスでは、パリとブルゴーニュのボーヌ、ジュラ地方で生活した。とにかく色々なワインを飲み歩きながら、豊かな四季を味わったという。

「フランスでの生活は、鮨屋の閉ざされていて細かく決められた社会と真逆の環境。いくら理不尽な世界でも、そこになじんで脳がとらわれていた自分がいました。お金がなくても愛する人とちょっとしたパンとワインがあれば幸せというのがフランスの価値観で。自分の時間を大事にしていて、みんながそういう傾向だと社会として成立するんだと知りました。面白かったですね。ああ、もっと自由でいいんだなと。自分の考え方とか、やりたいこととか。まったく違う文化に触れて、自分自身が豊かになってパワーアップできました」

2019年に帰国して『鮨 あらい』に戻ってからは、目標がはっきりしたことで、ますます修業に精を出す日々を送る。当時は修業7年目。まだカウンターに立っていなかったが、徐々に鮨を握り始め、煮物、汁物の味付け全般を任せられるように。2020年から2番手として個室で腕をふるった。

「目指すところがクリアになったから、やるしかない。そのためにできないことを埋めていくという時期で、思い返すと、とても恵まれた環境だったと思います。忙しいお店で、最高の魚を使えて、良くも悪くも厳しい。きちっとした技術や作法を教えてもらいました。いつも心の中で大事にしている言葉は、親方から言われ続けていた『やるかやらないか』。ちょっと疲れるなと思っても、NOと言わないこと。やれるかわからないけど、『やれます』と言えば、自分が崖っぷちの状態でもやるための準備をするようになる。やらないとそれ以上はないですし、これまでもやるを選択してよかったことしかありません」

「鮨 めい乃」にこめた思い

2023年に独立し、麻布十番に自分のお店をオープンさせた綿衣さん。店舗を持つことは、自分にとって当然のことだったと語る。

「自分が本当にお客さんに提供したい空間、お皿、魚でないと、本当の意味で表現したいことが伝わらない気がして。修業中は忘れていたのですが、お店のイメージは、一番最初からありました。女性の鮨職人で、実家みたいなみんなが安らげる場所にしたいと。カウンターで鮨を握るとき、何にフォーカスするかというと、魚、シャリ、醤油、酢などで、何をとっても本当に心からいいと思えるものを提供すること以外はありません。自分が好きなもの、ルーツ、北九州から東京に出てきて働いて、フランスに行ったこと。そんな自分の人生を凝縮したお店をつくりました」

Profile

幸後綿衣(こうご・めい)

1989年徳島生まれ。福岡育ち、高校進学と同時に上京。上智大学卒業後、「すし匠」「西麻布 拓」「鮨 あらい」で10年にわたり修行。2018年には1年間フランスに留学しソムリエ資格を取得。2019年「鮨 あらい」に復帰し、2020年から2番手として腕を振るう。2023年11月に独立し、麻生十番に「鮨 めい乃」をオープン。

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