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【鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」】湯たんぽでわかる階級社会の序列

2月22日は猫の日!

2月22日「猫の日」の今日、フランス文学者の鹿島茂さんが愛猫グリ(シャルトリュー 10歳・♀)とお届けするこの連載。今回のテーマは湯たんぽ。いまやエコアイテムとしても人気の湯たんぽは、第一次世界大戦前後のフランスのデパートの通販カタログに登場していたという。ただし、掲載ページは「旅行用品」のカテゴリー。湯たんぽが旅行の必需品だった、そのわけとは。

鉄道旅の大問題

鉄道旅行が始まってまもないころ、旅行客が頭を悩ませていた問題がいくつかあった。

ひとつはトイレのそれである。というのも、初期の鉄道車両は、乗合馬車から車輪をはずしてそのままレールの上に乗せたような構造で、コンパートメントを結ぶ廊下がなく、理の当然として、車内のトイレというものが存在していなかったからである。乗客はしかたなく、汽車が途中駅で停車したときに、まっしぐらにトイレに駆けこんだ。

乗客が汽車に乗ったとたんにトイレに行きたくなったのにはわけがあった。客室がきわめて寒かったのである。これが第二の問題だった。汽車が大気中を突っ走ることで生じる冷気というものを計算に入れて客室が作られていなかったのである。

そのため、とりわけ冬には一等客から三等客までひとしなみに寒さに悩まされた。ドーミエの風刺画を見ると、車内でブルブルと震えている乗客が描かれている。

しかし、火気を車内に持ちこむには強い反対があったので、鉄道会社は一等客にのみ、湯たんぽを支給し、途中駅でお湯を入れ替えるようにした。

だが、寒いのは一等客ばかりとはかぎらない。そこで、冬に汽車に乗る人は皆、自前で湯たんぽを持ってゆくようになった。支給品を嫌う一等客も自分用のものを用意した。そのためだろうか、第一次世界大戦前後のデパートの通販カタログを眺めていると、「旅行用品」のところに、必ずといっていいくらいこの湯たんぽの絵が載っている。

Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。
1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。
膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰。

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