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小さな移動が人生を押し動かす 作家・くどうれいんのまなざし

エッセイスト・作家のくどうれいんさんの新刊『もうしばらくは早歩き』(新潮社)が11月27日に刊行された。「移動」という誰にとっても日常の一部である時間のなかで見つけた心の揺れや、思わずクスッとしてしまうエピソードなどを集めた一冊だ。今回は、その移動に込めた思いを聞いた。

移動中の自由な感覚が好き

『もうしばらくは早歩き』は、くどうれいんさんが日常の中で行う「小さな移動」の数々を通じて見つけた、心の動きや気づきをつづったエッセイ集。本書の冒頭には「小さな移動の繰り返しが、人生をゆっくり押し動かす」という印象的な一文がある。岩手に暮らすくどうさんにとって、移動は特別な行為ではなく、日々の暮らしそのものだ。

「私はいわゆる旅好きではなく、旅で人生を変えるタイプでもないんです。その代わりに、移動なら書けるかもしれないと思って。雪の中の移動もありますし、新幹線で2時間かけて東京へ向かう時間も、家の中のちょっとした移動もすべてが書く材料になると思ったんです」

くどうさんは「目的があるからそこへ向かう」という時間が好きなんだそう。さらに移動中は、普段とは少し違う心地よさがあるという。

「移動中は“自分の場所がちゃんとある”という感覚があるんです。周りだけが流れて、自分という点だけがぽつんとそこにある感じ。その状態にすごく癒やされていて、私は心がいちばん動きやすい環境なんです」

それはリラックスした状態に近いのだろうか。その問いに、彼女は迷わずうなずいた。

「そうだと思います。焦っているときは焦っているなりにいろいろ考えますし、移動中に思ったことは、あとで頭の中にストックされやすいんです。私は何もしない時間が本当に苦手で。だから『移動してますから』という名目がある状態がまたいいのだと思います。やることはやってる、でも頭は空いてる。そのバランスがすごく好きなんです」

気づきを言葉にするまで

移動の時間にふっと浮かぶ思いを、どのように言語化して残していくのか。聞けば「ほとんどメモをしていない」という意外な答えが返ってきた。

「そこに至るまでに、長いことメモをしていた時期があるんです。高校から大学の頃は、とにかく逃すものかと何でも書き留めていました。でも、山や花火など目の前に広がる美しさを感じるよりも、どう書くかばかり考えていたことに気づいて……。それって本当に残したい記憶なんだろうか?と疑問がわいてきたんです」

本当に残る体験は、メモをしなくても思い出せる。そう気づいてから、必要最小限だけ残すようになったという。

『もうしばらくは早歩き』は連載がもとになっている。そのため締め切りごとに、その時に書けるものを選んできた。

「テーマ選定をしていくときに昔の記憶がわっと出てきたり、いま運転している車の話がわいてきたり。ただ、トピックを決めても『今の気持ちじゃないな』と感じると、自然と会社員時代の台車のエピソードのような記憶を書き始めるんです(笑)。あとは、心にゆとりがあるとファニーなものを、ちょっと疲れていると昔の少しピリっとした記憶を書きたくなる。その日の状態で自然に書く内容が変わりました」

小説、短歌、エッセイと複数のジャンルを同時に書くというくどうさん。思考の切り替えは容易ではないように思うが……。

「学生の頃からトライアスロンのように書いてきたので、ひとつに絞るほうが逆に不自然なんですよね。小説が書けないときはエッセイが書けるし、エッセイがダメなら短歌が進む。短歌が止まれば絵本がはかどる、“お得な状態”なんです。なかでも、暮らしている限り題材が増えるエッセイは、いちばん書きやすいジャンル。だからこそ、『これを書いたろう』と気合が入る時はむしろ軽々して、何も起きてないところからどう読ませられるかを試してみたいんです」

作家であること、日常と向き合うこと

大学卒業後に盛岡へ戻り、会社員と作家を兼ねていた時期を経て、現在は専業に。しかし、働く姿勢そのものは大きく変わっていないと話す。

「会社員時代は兼業だったのでゆとりがなかったですが、打ち合わせ、準備、納品という流れは当時と変わっていないんです。専業になり執筆時間は増えましたが、それ以外は作家だから特別という感覚はなく、日常に向き合う気持ちも会社員の頃と変わりません」

いまはイラストレーターの友人と、平日の9時〜18時をオンラインでつなぎながら仕事をするという、ユニークな“リモート同僚”スタイルを選んでいる。

人とのつながりは『もうしばらくは早歩き』にも多く登場し、夫や友人、タクシーの運転手など、日常の中で出会う人々との交流が温かい視点で描かれている。

「暮らしていく喜びってそういうところにあるなと思っていて。タクシーの運転手さんや、レジの方など、その人にとって、その日一日の『良い登場人物としてすれ違えたらいいな』という気持ちはいつもあって。だから盛岡に来る観光客には、つい『写真を撮りましょうか?』と声をかけちゃうんです。自分が住んでいる場所が少しでもいい印象になったらいいなと思っています」

移動は自分を「なで直す時間」

慌ただしい日々のなかで、くどうさんは移動は自分を「なで直す時間」でもあると語る。

「私はもともとせっかちで、慌ただしくしているのが好きなんです。でもそれは、体や頭だけが先行している状態でもあったりするので、移動中はその取り残された気持ちの部分をとらえ直せるんです。『まぁ、悪くないじゃん』『よく頑張ってるじゃん』って」

くどうさんは、本の中で車のサイドミラーに映る自分の表情に「よかったね」と思う場面を描いている。自分を客観的に、やさしく肯定する視点。その育て方を尋ねると、こう答えてくれた。

「コツというより、訓練だと思います。自分にフィットするなだめ方や緊張のほぐし方はきっと誰にでもあるはずで。私はそれがたまたま移動だったんだと思います」

移動とは、場所を移るだけではない。「家の自分から、仕事の自分へ」「不安な自分から、悪くないじゃんと言える自分へ」、「頑張ろうと気合いを入れる時間から、頑張ったねと思える時間へ」。そのあいだにあるグラデーションをていねいに渡っていく、着替えの時間なのだという。

「暮らしているだけで、本当にいろんなことが起きますよね。忙しいし、背負うものも多い。でも、その中で『いいじゃない、いいじゃない』と思える時間があるといいなと思っています。旅行ができなくても、ほんのちょっと移動するだけで十分、大冒険。その途中で自分のことを『いいじゃない、いいじゃない』と思える時間があるといいなと思っていて。みなさんの移動を、ただただ鼓舞したい。『その移動、めっちゃいいね』と言いたい気持ちなんです」

昨日より少し機嫌のいい自分へ、移動は今日の自分を連れていくための通り道。『もうしばらくは早歩き』には、そっと背中をなでられるようなあたたかさを感じられるだろう。

text: Tomoko Komiyama photo: Tomoko Hagimoto

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Profile

くどうれいん

1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。エッセイ集に『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』『虎のたましい人魚の涙』『桃を煮るひと』『コーヒーにミルクを入れるような愛』『湯気を食べる』、歌集に『水中で口笛』、小説に『氷柱の声』『スノードームの捨てかた』、日記本に『日記の練習』、創作童話に『プンスカジャム』、絵本に『あんまりすてきだったから』『まきさんのソフトクリーム』『スウスウとチャッポン』など著書多数。

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