Lifestyle

人生で最も忘れられないスパークリングワインの味【三澤彩奈のワインのある暮らし】
2021.9.8
「甲州」の名を世界に広めた女性醸造家の三澤彩奈さんがワインのある暮らしを語ります。三澤さんにとって人生で最も忘れられないスパークリングワインの味、スパークリングワイン造りの信念とは…。
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2021.9.8
「甲州」の名を世界に広めた女性醸造家の三澤彩奈さんがワインのある暮らしを語ります。三澤さんにとって人生で最も忘れられないスパークリングワインの味、スパークリングワイン造りの信念とは…。
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ブドウの果粒が色付き始め、日一日と実りの秋が近付いています。ブドウ栽培において、太陽と土の重要性は頻繁に謳われますが、風も大切な要素です。畑の風に少しずつ秋の香りが溶け合うと、間もなくスパークリングワイン用の白ブドウ、シャルドネの収穫が始まります。
収穫日を決めるのは、醸造家の仕事です。ブドウの酸や糖の分析に加え、ブドウの状態を確認し、果粒を味見することで、風味の変化を感じ取ります。ブドウは熟期に入ると、糖度は上昇し、酸は減少します。スパークリングワインには、きりっとした酸が欲しいので、非発泡性のスティルワインよりも、酸が残っている段階でブドウを収穫します。
スパークリングワインを醸造するには、広く市販されている炭酸ジュースのように、出来上がったワインに炭酸ガスを注入する簡易的な方法から、一度ベースとなるワインを造った上で、瓶内で二回目のアルコール発酵を行い、そのときの発酵の副産物として得られた炭酸ガスを瓶に閉じ込め、時間をかけて仕上げていくシャンパンと同じ醸造方法まで様々な造り方があります。
当ワイナリーのスパークリングワインは、すべてこの瓶内二次発酵で造っています。瓶内二次発酵を用いるスパークリングワインは泡が細かく、瓶内の発酵の主役となる酵母の神秘的な働きによって、ブリオッシュ香やトースト香と呼ばれる特徴的な香りが現れ、味わいにはふくらみが感じられます。瓶内二次発酵の魅力は、長い熟成にもあります。瓶内で二次発酵後、10年以上熟成させて瓶詰を行うスパークリングワインも存在します。それだけの熟成に耐えるには、ブドウ自体のポテンシャルが高くなければなりませんが、長期の熟成により、口に含んだ時に、味わいの層が何重にも重なるような傑作が生まれます。
スパークリングワインの中で個人的に好きなタイプが「ブラン・ド・ブラン」です。シャンパンの多くは黒ブドウと白ブドウの両方が使われますが、「ブラン・ド・ブラン」は、白ブドウのみから造られ、繊細でエレガントなスタイルに仕上がります。「ブラン・ド・ブラン」の持つ独特の清々しさは、この時期、涼やかな気分にもさせてくれます。瓶内で二次発酵をさせても、シャンパンと呼ぶことが許されているのは、フランスのシャンパーニュ地方で造られたスパークリングワインのみ。スペインの「カヴァ」やイタリアの「フランチャコルタ」などに加え、近年は、オーストラリアのタスマニアやイギリスからも素晴らしい酒質のスパークリングワインが生まれています。
アルゼンチンのワイナリーで修業をしていた頃のことです。ブドウ畑は800メートルから2000メートルと標高が高く、太陽の光もとても強く感じられました。あるとき、畑から戻ると、同僚が中甘口のシンプルなスパークリングワインにレモンシャーベットを入れてグラスを差し出してくれました。汗と交じり合ったその一杯の美味しかったこと。私自身は、瓶内二次発酵で造る熟成期間の長い製造方法を信念としていますが、人生で飲んだ最も忘れられないスパークリングワインは?と聞かれたら、この一杯だと答えると思います。
お料理や一緒に食卓を囲んだ人々、レストランであれば実際にサービスを受けたソムリエ達の影響を受け、ワインの味わいは主観的な要因で大きく変わると言われます。このアルゼンチンでの経験は、ワイン単体では飲む人の心を動かすことがどれだけ難しいかを教えてくれるものでもあると思います。それでも私は、日本の財産となるようなワインを造るべく信念を貫き、オーセンティックな造りに今日も励みたいと思うのです。あの名もなきスパークリングワインの思い出を大切にしながら。
【関連情報】
中央葡萄酒株式会社 栽培醸造責任者 三澤彩奈さん
山梨県の中央葡萄酒4代目オーナーの長女として生まれる。ボルドー大学ワイン醸造学部を卒業し「フランス栽培醸造上級技術者」の資格を取得。2007年に中央葡萄酒の醸造責任者に就任。栽培と醸造に取り組む。
2014年に世界的ワインコンクール「デキャンター・ワールドワイン・アワード」の金賞を日本で初めて受賞。甲州ワインの名を世界に。「グレイスワイン」は海外で最も飲まれる日本ワインに成長。
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