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「伝統と前衛が調和」カタルーニャ州のシェフ、ジョアン・ロカ氏が説くガストロノミー

©︎Catalan Tourist Board

5月下旬、スペイン・カタルーニャ州政府観光局が日本で開催したガストロノミーに関するイベントに合わせ、同州北東部のジローナで「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」を営むジョアン・ロカさんが来日した。ミシュランガイドで2009年から三つ星を保持し、「世界のベストレストラン50」の1位にも2度輝いているオートキュイジーヌの重鎮。近年はサスティナブルなレストラン経営にも心を砕いているという。カタルーニャが美食の最前線を牽引(けんいん)し続けた、この30年間を振り返りながら、ガストロノミーのこれからについて話を聞いた。

昨春、ヨーロッパを周遊した際、ジローナを訪ねたことがあった。バルセロナから高速鉄道で40分ほど。サルバドール・ダリの生誕地や、ダリ劇場美術館、サルバドール・ダリ邸宅美術館などを見て回るのが目的だった。ふとしたことで「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」があることに気づき、宿泊していたバルセロナのホテルでコンシェルジェに駄目元で予約できないか尋ねてみた。やはり、半年先まで予約で埋まっているとのこと。

もっとも、それなりに古いホテルならではの特別なコネクションがあるようで、方々に当たってくれ、「5日後にキャンセルが出たので予約を入れるか」とやや興奮気味の声で携帯電話に連絡があった。ヨーロッパのどこかに住んでいれば、喜んで出直すのだが、その日はアメリカに渡っていて、ダラス郊外の以前行って気に入ったバーベキューの店に予約を入れていた。何とも間の悪いこと。残念! それだけに今回の彼の来日を楽しみにしていた。しかも、イベントでフィンガーフード形式の料理を振る舞うらしい。

「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」は、両親の営んでいたレストランの隣に長男のジョアン・ロカ氏と次男のジョセップ・ロカ氏が1986年に開いた。2007年には三男のジョルディ・ロカ氏も加わり、100メートルほど離れた場所に、よりモダンな雰囲気となって新装開店。長男がシェフと経営、次男がソムリエ、そして三男がパティシエとデザートをそれぞれ担当している。「ジョセップはロマンチックな性格。ジョルディは突拍子もないクリエイティビティの持ち主。そして私が長男として全体を調和させる役割を担い、トライアングルをより強固なものにしています」とロカ氏は話す。

「3兄弟の絆がレストランのエッセンス」。それを象徴するように食卓には3個の石が置かれ、至る所に家族の記憶や兄弟の思い出が刻印されている。写真で見る限り、インテリアはミニマルで洗練され、最新の設備を備えていて一分の隙もないようだが、どこか家族経営の食堂を思わせる親しみやすさや懐かしさを感じさせるから不思議だ。

そんなロカ氏ならではの料理に5月26日、ザ・リッツ・カールトン東京で開かれたガラ・ディナー(カタルーニャ州政府観光局主催)で出会うことができた。「ラクティックデザート:羊乳、アイス、カラメル、チーズ、グアバ」はその一つ。「リポリェサ」というカタルーニャ在来の羊のミルクを使い、子供の頃見かけた羊の群れの記憶がテーマになっているという。しかし、プライベートな記憶を、料理でどのように表現するのだろう? 何と羊毛の香りを蒸留して、円すい形の紙に移し、それを感じながらデザートを食べるという凝った趣向。「子供時代にタイムスリップするような感覚を意図しています」とロカ氏が教えてくれた。マルセル・プルーストによる『失われた時を求めて』の冒頭、紅茶に浸したマドレーヌの味わいから幼少期の記憶が鮮やかによみがえるくだりを思い出した。

©︎Catalan Tourist Board

あるいは「シュショ」というジローナの伝統的なロールパイ。一見、クラシックなデザートを思わせるが、クリームの代わりにピカーダや古酒、野菜を使ったカモの煮込みが入っていて、甘味と塩味が絶妙に融合した逸品に仕上がっていた。奇をてらっているわけではないのに、食べ手の予想を裏切るさりげない発想に感心した。やはり、昨春、アメリカへの旅程を変更してでも「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」に行っておくべきだった!

ラクティックデザート:羊乳、アイス、カラメル、チーズ、グアバ ©︎Catalan Tourist Board

フェラン・アドリアが分子ガストロノミーを引き下げて登場して以来約30年間、カタルーニャはガストロノミーの趨勢(すうせい)に大きな影響を与えてきた。ロカ氏もそれに伴走。一方で伝統を見つめ直し、低温での真空調理法など最先端の技術と融合させた。家族でレストランを営んできたという要素もあるのだろう。そうした料理は「コシナ・デ・アウトル」と呼ばれることもある。英語で「signature cuisine」。地元の食材や伝統的な技法に敬意を払いながら、作り手の創意が感じられるイノベーティブな料理とでも言えばいいか。ダリを引き合いに出して「伝統的な料理とシュルレアリスムの筆致の融合」と表現した批評家もいた。「この30年間、カタルーニャのガストロノミーは多くの才能ある料理人たちによって、伝統と前衛が見事に調和する形で進化してきたのです」とロカさんは振り返る。

昨年はジローナ郊外のサン・ジュリア・デ・ラミス城にレストランと巨大なワインセラーを備えたラグジュアリーホテル「エスペリット・ロカ」も開業。「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」が来年開業40周年を迎えるのを前に、料理を通してこれまでの歴史を振り返る意欲的なプロジェクトだという。「ここでは私たちがこれまで生み出してきた料理を再び提供しています。私たち家族の物語を皆さんと共有したいという思いも込めているのです」

創作同様、ガストロノミーのサスティナブルなあり方にも関心が強い。東京でのガラ・ディナー後、大阪・関西万博のスペイン館で行われたカルメ・ルスカイェーダ氏との対談でも「料理とは環境への敬意を示す一つの方法」とロカ氏は強調した。そのために、ガラスのリサイクル工房を自前で設けて、ボトルを再利用してグラスを作ったり、プラスチックをエプロンに変えたりする作業場もあるという。実際、レストランでスタッフが身に着けるユニフォームはすべて再生プラスチックと再生コットンで作られているという。そのことを従業員だけでなく、来店客にも知ってもらい、活動を広げるきっかけにしたいという。「料理とは何より社会変革のツールであり、公正で持続可能な世界を築くためのツールであることを忘れてはなりません。料理とはそのための世界共通語でもあるのです。これからのガストロノミーにはその要素がますます求められていくと信じています」

text: Naohiko Takahashi

豊かな食文化を誇るスペイン・カタルーニャ地方

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