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「持続可能性に配慮を」カタルーニャ州のシェフ、カルメ・ルスカイェーダ氏が説くガストロノミー

ガストロノミーの聖地として、世界中のフーディーたちから注目を集めるスペイン・カタルーニャ。その地を代表するシェフとしてグローバルに活動するカルメ・ルスカイェーダ氏が5月下旬、カタルーニャ州政府観光局主催のガストロノミーに関するイベントに合わせて来日した。ミシュランガイドで計七つの星を獲得し、スペインで三つ星を得た初めての女性シェフとして知られるが、日本では2004年から2023年まで「レストラン サン・パウ東京」を営み、日西両国の美食に通じたシェフとしてのプロフィルの方が有名かも知れない。「近年は(日本に見習って)食育に関する活動にも取り組んでいる」という彼女に、美食を超えた文化体験としてのガストロノミーの未来について話を聞いた。

21世紀のガストロノミーは、カタルーニャのシェフたちが牽引(けんいん)してきた。事実、「エル・ブジ」を舞台に分子ガストロノミーを掲げたフェラン・アドリアが登場。科学の知見を応用した外連味(けれんみ)のある料理が名だたるレストランの食卓を席巻した。近年は地場の食材の可能性を探り、発酵技術を応用したニュー・ノルディックが評価され、コペンハーゲンが美食都市として注目を集めるが、その中心的存在で、「ノーマ」のシェフを務めるレネ・レゼピも「エル・ブジ」でかつて研さんを積んだ経験があり、カタルーニャのガストロノミーの影響下にあると言っていいだろう。

バルセロナから北に約60キロ離れたサン・ポル・デ・マールに1988年、「レストラン サン・パウ」を開いたルスカイェーダ氏もカタルーニャを代表するシェフの一人だ。「レストラン サン・パウ」は1990年にミシュランの星を獲得。星の数を順調に増やし、2006年には三つ星を与えられ、世界各地から美食家が訪れるトップクラスのレストランに。2004年には東京に進出し、19年間「レストラン サン・パウ東京」を営んだ。現在は「サン・パウ」を閉め、2009年、バルセロナに開業したマンダリン・オリエンタル内に長男のラウル・バラム氏と共に「MOメント」を開き、ミシュランの二つ星を獲得している。

レストラン サン・パウ東京 ©︎Carlos Allende

もっとも、「レストラン サン・パウ東京」が東京・日本橋にオープンした当初、来日した彼女が厨房(ちゅうぼう)で腕をふるうレストランで体験した洗練された味わいに、分子ガストロノミーとはひと味違うカタルーニャのガストロノミーの奥深さを感じた。2019年にレストランが東京・平河町のザ・キタノホテル東京に移転してからも何度か訪れたが、その思いは変わらなかった。それを彼女に告げると、「私は新しいものに高揚し、古いものに恋をします。奇抜さを強調するのではなく、素材の持ち味を素直に表現するよう心がけてきました」と応えてくれた。彼女自身、料理人出身ではなく、ベテランの主婦としての感性を大切にしながら総菜づくりから始めたという経歴も創作に影響しているのかもしれない。

そんな彼女に、カタルーニャ料理とは何かと尋ねると、地形がとても複雑で東側に地中海が広がり、西側にピレネー山脈が連なっていて、海産物から家禽(かきん)、キノコまで様々な食材に恵まれていることが料理にも反映しているという。また、ギリシャ人、ローマ人、そしてアラブ人の文化の影響を受けてきたカタルーニャならではの歴史的背景も、複雑な味わいを料理にもたらしているという。「だから、私の料理では海産物と山の幸を一緒に使ったり、甘味と塩味、そして冷たい素材と温かい素材を組み合わせたりもします。そこがシンプルを良しとする和食と異なる点かもしれません」

実際、カタルーニャ州政府観光局が東京で開いたガラ・ディナーで、ルスカイェーダ氏の振る舞った料理は、まさに異なる素材や味わいを絶妙なバランス感覚で組み合わせた逸品だった。例えば、「カルキニョリ(アーモンドの焼き菓子)、生チーズ、カタルーニャ産アンチョビ、マタロー産ワイン」は塩辛いアンチョビと甘口ワインのマタローのコンビネーション。「アンコウと豚肉の団子-海と山-、ロメスコシチュー、ポテト」は漁師の作る料理を優雅にアレンジして、山の幸と海の幸を融合させてみせた。

カルキニョリ(アーモンドの焼き菓子):フレッシュチーズ、カタルーニャ産アンチョビ、マタロー産ワイン ©︎Catalan Tourist Board

日本との関わりも深いことから、創作の上で和食から様々な影響も受けてきたという。フレッシュチーズににがりを使ったり、カタルーニャの伝統的なソースと出汁(だし)を組み合わせたりしているのはその一例。「日本で仕事をしたことが私の調理技術や知識を大きく向上させてくれました。そして、今も私は日本から大きな刺激を受け続けています」

現在も「MOメント」の仕事に関わっており、厨房に毎晩立つことはないが、通勤前にオフィスで長男との打ち合わせは欠かさないという。「余裕ができた時間を社会的な活動に割くようにしています」。特に最近、力を入れているのが「食育」。日本で取り組みを知り、若い世代に食の大切さや自然との共生を伝えることがガストロノミーの最前線を走り続けてきた自身の使命と感じ、スペインを中心に学校での講演や調理の実演などを積極的に行っているという。「取り組みは始まったばかり。でも、手ごたえを感じています」

「独創的な料理を作って、評判がよければ、それで終わりという時代は終焉(しゅうえん)を迎えつつあります。ガストロノミーも持続可能性に配慮しなくてはならない時代」とルスカイェーダさんは指摘する。「1枚のパセリの葉にも命を感じ、全体に生かす姿勢を示したい。命をいただくという意識を持ち、自然との対話を意識することがますます大切になってきています。そのことを創作中心に、様々な実践を通して伝えていきたいと思っています」

text: Naohiko Takahashi

豊かな食文化を誇るスペイン・カタルーニャ地方

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