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直木賞作家・島本理生が封印していた禁断の愛を描く 『天使は見えないから、描かない』が問うもの

理想と現実のはざまで見つけた答え

「若い頃は“幸せ”の固定観念にとらわれすぎていた」と島本さんは言う。若い頃は、結婚に対する理想や一般的なイメージを持っていたが、年齢を重ねるごとにその考えは大きく変化していった。

「理想通りに生きられる人もいれば、年齢を重ねて理想が思い込みだったと気付くこともある。本当は全員それぞれに違った幸せがあるのだと思うんです。結婚ひとつ取っても、多様化する時代の中で一人と一生を添い遂げるということは、じつは奇跡みたいなことじゃないかと思います」

結婚や夫婦、家族も、ひとつの正解を押し付けられるものではなく、自分にとって本当に必要かどうかを問い続ける対象へと変わったという。

「永遠子の選択は一般的な幸せとは程遠いけど、初めて彼女自身が勇気をもって出した結論でした。自分に合わない生活はいつか無理が来る」そう語る彼女は、吉本ばなな氏の小説『王国 その3ひみつの花園』の一文を引き合いに出した。

「“あこがれてもいないものに、あこがれようとしても無理だ”という一文があって、これが年々胸に響くようになっています」

今、40代になった島本さんは「自分の輪郭」が少しずつ見えてきたと感じ、ひとつの答えに固執することなく、人生が変わればその都度答えも変わっていいと受け入れるようになったという。「今の答えと10年後の答えは違うかもしれません。でもそれでいいんです」。そう語る姿からは、柔軟に変化を受け入れながらも、自分自身と向き合い続ける強さが垣間見えた。

島本理生

感情を否定しないで

執筆時のルーチンについて聞くと、笑顔を見せてこう教えてくれた。

「仕事場で集中できないときはお香をたいたり、お茶を入れたりしてスイッチを入れますね。飽きてきたら場所を移動するのも効果的です」

さらに、近年の取材活動についても尋ねると、「昨年末に完成させた小説では原発について書くため、福島第一原子力発電所を実際に見学しました。最近では夜の繁華街に関心があって、歌舞伎町に足を運んでいます」と語る。ベリーダンスを始めたのもその一環だというが、「小説を書くのも体力が大切」と話す彼女にとって、今では執筆のためだけではなく、心身を整える大切な習慣になっているのだとか。

このように、島本さんの創作の背景には、好奇心や体験が積み重ねられている。そんな彼女が本作のタイトルに選んだのは、写実主義の画家ギュスターヴ・クールベの言葉だ。『天使は見えないから、描かない』──現実にあるものだけを描くというクールベの姿勢に共鳴したこのタイトルは、本書のテーマそのものでもある。物語の中には、現実や欲望、そして社会の視線までもがありのままの形で反映されていると感じる。

最後にマリ・クレールの読者に向けて、島本さんにメッセージをもらった。

「読者の中には、言葉に出せば否定されるような感情や欲望を抱えている方もいるかもしれません。『天使は見えないから、描かない』が、そんな自分を許すきっかけになればうれしいです」

text: Tomoko Komiyama photo: Tomoko Hagimoto

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Profile

島本理生(しまもと・りお)

1983年、東京生まれ。2001年『シルエット』で群像新人文学賞優秀作、2003年『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞、2015年『Red』で島清恋愛文学賞、2018年『ファーストラヴ』で直木賞を受賞。主な著書に『ナラタージュ』『大きな熊が来る前に、おやすみ。』『あられもない祈り』『夏の裁断』『匿名者のためのスピカ』『イノセント』『あなたの愛人の名前は』『夜はおしまい』『2020年の恋人たち』などがある。

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