直木賞作家・島本理生が封印していた禁断の愛を描く 『天使は見えないから、描かない』が問うもの
2025.2.19
島本理生さんが約2年ぶりに新刊『天使は見えないから、描かない』(新潮社)を上梓(じょうし)した。主人公の弁護士・永遠子と、実の叔父・遼一の禁断の愛を描く物語だが、単なる恋愛小説にはとどまらない。社会規範、葛藤、そして“究極のハッピーエンド”が描かれる本作について、島本さんに語ってもらった。
2025.2.19
島本理生さんが約2年ぶりに新刊『天使は見えないから、描かない』(新潮社)を上梓(じょうし)した。主人公の弁護士・永遠子と、実の叔父・遼一の禁断の愛を描く物語だが、単なる恋愛小説にはとどまらない。社会規範、葛藤、そして“究極のハッピーエンド”が描かれる本作について、島本さんに語ってもらった。
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2年ぶりの新刊『天使は見えないから、描かない』で、島本理生さんが再び私たちに問いかけるのは、愛のかたちについてだ。主人公・永遠子(とわこ)は33歳の弁護士で、幼い頃から18歳年上の叔父・遼一に恋をしている。この愛が社会的に許されざるものであることは永遠子も痛いほど知っている。それでも2人は“究極のハッピーエンド”にたどり着く。
「10代の頃から、年の離れた男女の恋愛小説を書くのが好きでした」と島本さんは語る。だが、叔父と姪(めい)という禁断の関係については、長い間「プロットとして封印していた」という。それが今、物語として結実した背景には、島本さん自身の成長があった。
「若い頃はどうしても、自分と世代の近い主人公を書くことが多く、年の差のある恋愛の場合、性加害になるのではという葛藤があり、扱いきれなかったんです。でも今は、主人公を自立した大人の女性として書けるようになったので、全肯定はされなくても、彼ら自身が選択した関係性としてリアルに描けるのではないかと思い、短編から書いてみようと思ったのが始まりでした」
永遠子は弁護士という、個人の自由はありながらも社会的な規範に常に縛られる職業に就いている。
「今回の小説は、ただ恋愛に溺れて逸脱していくような物語にはしたくありませんでした。どこかに必ず社会や現実、大切な人たちの視線といったものが背景にあり、それらと向き合いながら葛藤する姿を描きたかったんです。弁護士という職業は、事務所に所属しつつも、個人事業主に近いところがある。自分の力で生きていくことができる半面、世間の目や倫理観も無視できない。その両面を併せ持つキャラクターとして、とても自然にイメージが浮かびました」

島本さんの作品には、しばしば相反する感情が描かれる。愛と憎しみ、強さと弱さ、欲望と倫理──そのどれもが物語の中で複雑に絡み合いながら、読者を揺さぶる。それは彼女自身の体験が投影されているからかもしれない。
「私自身、学生の頃に20歳近く年上の男性を好きになり、短い間付き合って、すぐに別れた経験があります」と島本さんは静かに語る。当時抱いた感情は複雑だった。相手を好きだという気持ちと、年齢差ゆえに相手の人格に疑念を抱いてしまう自分がいたのだとか。
「自分の中で矛盾が起きて、ものすごく気持ちが悪くなってしまったんです。その感情が心の中に大きなわだかまりとしてずっと残っていたのかもしれません」
年齢差や立場の違いに伴う葛藤は、本書の中でも重要なテーマとして描かれている。永遠子は、社会的には自立し、努力して弁護士としての地位を築いた強い女性だ。しかし、彼女の内面には、幼い頃に両親に頼れなかったことで生まれた弱さが潜んでいる。
「書きながら感じたのは、永遠子は強い部分と弱い部分のバランスが悪いなということです。強情で、自分の弱さを見せたがらない。同世代の男性に対して心を開きにくいタイプだと思います」
そして島本さん自身も「若い頃は、仕事しながら同世代の男性と上手に恋愛するのは難しかった」と続ける。作家として早くから活動していた彼女にとって、同世代の相手にその仕事を理解してもらうことは容易ではなかったという。
「以前の私は相手に求めすぎたり、相手がついてこれなかったりで、なかなかバランスが取れませんでした。永遠子の問題は、当時の私自身や女友達が抱いていたものでもあったんです」
物語の展開についても、書き手である彼女自身も予測しなかった部分が多いという。最初は短編として描かれたこの作品は、やがて長編に成長し、永遠子と遼一が別れるのではないかと思っていたところから、意外にもハッピーエンドへと向かっていく。
「これまでの私は、一対一で深く向き合うような小説を書くのが好きだったんですが、今回の作品では少し距離感のある人間関係や、さらに遠い存在同士の交わりも意識しました。いろいろな距離感が存在するからこそ、人はバランスを取って生きていけるんだと、執筆していた当時にあらためて感じていたんです。最終的には、彼らがたどり着いた“幸せ”に私自身が驚きましたね」
『天使は見えないから、描かない』(新潮社)1,870円
https://www.shinchosha.co.jp/book/302033/
島本理生(しまもと・りお)
1983年、東京生まれ。2001年『シルエット』で群像新人文学賞優秀作、2003年『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞、2015年『Red』で島清恋愛文学賞、2018年『ファーストラヴ』で直木賞を受賞。主な著書に『ナラタージュ』『大きな熊が来る前に、おやすみ。』『あられもない祈り』『夏の裁断』『匿名者のためのスピカ』『イノセント』『あなたの愛人の名前は』『夜はおしまい』『2020年の恋人たち』などがある。
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