ファッションの歴史を通じて装う「欲望」を見つめ直す。『LOVE ファッションー私を着がえるとき』展
『LOVE ファッションー私が着がえるとき』展の展示風景。「オーランドー」を独自解釈して発表された「コム・デ・ギャルソン」の2020年春夏コレクション ©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
衣服、そしてそれで装うことには私たちの内なる欲望が潜んでおり、憧れや熱狂、葛藤や矛盾などの感情が伴うことがある。こうした「着ること」にまつわる情熱や願望、私たちとファッションとの間にあるさまざまな願望、「LOVE」のかたちについて考える展覧会「LOVE ファッションー私を着がえるとき」展が11月24日まで京都国立近代美術館で開催中だ。本展は公益財団法人京都服飾文化研究財団(KCI)が所蔵する18世紀から現代までの衣服約100点を通じて「自然にかえりたい」「きれいになりたい」「ありのままでいたい」「自由になりたい」「我を忘れたい」の5つの「LOVE」で構成される。本展の内容をふまえ、各セクションの見どころを紹介する。
現代アートや文学や漫画の一説とあわせて展示
横山奈美《LOVE》2018年 豊田市美術館蔵。横山の手書き文字を元にしたネオン管をモチーフに描いたもの
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
本展は衣服だけではなく、服を着る「私」が抱える根源的な欲望とも結びつくよう、AKI INOMATAやヴォルフガング・ティルマンスによる現代アートや、朝吹真理子著「TIMELESS」や岡崎京子作「ヘルタースケルター」といった文学や漫画の一節とあわせて展示することで、その認識を広げようと試みている。
冒頭はプロローグとして横山奈美が自画像として描いた「LOVE」を展示。横山は何かになりたい、近づきたいという感情と、私はどこまで行っても私でしかないという現実とを「LOVE」という言葉で肯定したという。
「自然にかえりたい」、動物素材と植物柄の変遷
18世紀から現代までの植物柄を集積した展示エリア
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
自然に対する憧れや敬愛、身にまといたいという願望から、これまで多様な自然をモチーフにした衣服が生まれている。各時代に現れた動物素材や植物柄の衣服を展示した。
植物柄で目を引く花束と毛皮柄を織りで表現した絹ブロケード製のドレスは1775年にオーベルカンフ夫人が王妃マリー・アントワネットに拝謁(はいえつ)したときに着用したもの。刺繍(ししゅう)の手仕事が光る17~18世紀の花柄のウエストコートのバリエーションなど、18~19世紀ヨーロッパ貴族のフォーマルウェアが見どころだ。ジョン・ガリアーノによる「メゾン マルジェラ」の白と銀で花鳥文様の刺繍が施されたジャンプスーツや、四季折々の草花や果実を描いた「マメ クロゴウチ」のドレスも目を引く。動物素材は、ミンクやダチョウ、ラムやオコジョ、サルまでさまざまな毛を用いたドレスや靴、帽子が並ぶ。動物愛護活動から広がった「ファーフリー」現象の象徴として、ブランド立ち上げ時から動物愛護を掲げるステラ・マッカートニーによる人工毛皮のコートを展示。人工人毛や毛髪プリントのドレス、毛髪を用いた小谷元彦のドレス作品の展示も。
「きれいになりたい」、衣服のかたちに現れた多様な「美しさ」
美しいフォルムのドレス群
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
コルセットや顔より大きく膨らんだ袖など、偏執的ともいえる造形への欲望によって衣服の流行は生まれてきた。クリストバル・バレンシアガやクリスチャン・ディオールによる彫刻的で優美なドレスから、ジョン・ガリアーノによる「ディオール」、ラフ・シモンズによる「ジル サンダー」、「ヨウジヤマモト」の大胆なカッティングが光るドレスなどが並ぶ。
デムナ・ヴァザリアによる「バレンシアガ」のネオプレン製のドレスとフェイスシールドは全身黒で度肝を抜かれるが、フォルムを作るために最新技術を活用する点で、クリストバル・バレンシアガが1958年にエイブラハム社と開発したテキスタイル「ガザール」への2022年版の解釈だったという。全身を包むネオプレンは日本のメーカーとの共同開発で石灰岩を用いている。
「Body Meets Dress, Dress Meets Body」と題された「コム・デ・ギャルソン」の1997年春夏コレクション。写真奥は澤田知子の《ID400》1998年
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
ファッション史における固執した美の概念に一石を投じた、川久保玲による「コム・デ・ギャルソン」の通称“こぶドレス”の展示が目を引く。西洋中心主義的な身体観を強烈に揺さぶったこのコレクションは、舞踊家のマース・カニングハムを触発し、ダンス公演「シナリオ」(1997)を生んだ。
ファッション狂を自認し、90年代から消費社会やファッション文化に言及した作品を発表してきたシルヴィ・フルーリー。高級ブランドのショッピングバッグで構成した90年代インスタレーションと「アライア」を着こなすセルフポートレートが鏡に転写された「ミラー絵画」などを展示した。
「ありのままでいたい」、リアルな身体をベースにした服
ミニマルなファッションをけん引したヘルムート・ラングによるコレクション。これらは白いシャツや黒いパンツのようなシンプルな日常着とコーディネートされて発表された
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
社会の中で様々な役割を担いつつ生きる私たちの「ありのままでいたい」という願望。遠く18世紀に自然主義を唱え、「ありのままの自己」の表現を希求したジャン=ジャック・ルソーの理想は叶(かな)わぬ夢なのか。
このセクションでは1990年代に「プラダ」や「ヘルムート・ラング」がけん引した自然体のリアルな身体をベースとしたミニマルなデザインの衣服や、その究極系「下着ファッション」を中心に展示。西欧の美意識の延長線上にある理想化された身体像とは異なる平凡さを肯定的に容認する姿勢は、2010年代初頭に加熱した「ボディ・ポジティブ」運動や、その後唱えられた「ボディ・ニュートラル」という概念とも無縁ではない。「多様性」というキーワードと結びつき社会を動かす一方で、「ありのまま」の身体を受容することの難しさも語り、疑問を提起する。
90年代に友人とのありふれた日常を切り取り多くの人の共感を得たヴォルフガング・ティルマンスの写真や、現代を生きる女性のリアルを描写する松川朋奈の絵画なども展示した。
「自由になりたい」、オーランドーとコム・デ・ギャルソン
「オーランドー」を独自解釈して発表された「コム・デ・ギャルソン」の2020年春夏コレクション
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
国籍や民族、宗教、文化、階級、職業、性差、年齢などさまざまなアイデンティティにより形成される「私らしさ」。ヴァージニア・ウルフは小説「オーランドー」で300年の時の中で性や身分を越境する主人公を描いた。川久保玲は「オーランドー」を独自に解釈した「コム・デ・ギャルソン」のウィメンズ・メンズコレクションを発表。さらにウィーン国立歌劇場創立150周年を記念したオペラ「オルランド」の衣装を手掛けた。このセクションではコレクションと舞台「オルランド」の映像を抜粋して展示。
「我を忘れたい」、人間の欲望という無間地獄
「ヨシオクボ」の2023年春夏コレクション(手前)はチュールにワイヤーを入れて、不動明王やクマ、獅子舞などを表現した。右奥は「トモ・コイズミ」によるオーガンジーのドレス。東京2020オリンピックの開会式で歌手MISIAが国歌を歌った際に着用したもの
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
ウォルトによる蝶(ちょう)モチーフの仮装用ドレスやジョナサン・アンダーソンによる「ロエベ」の唇ドレス、東京2020オリンピックの開会式でMISIAが着用した「トモ コイズミ」によるオーガンジーの多色グラデーションのラッフルドレスなど、アイキャッチなドレスをラインアップ。デムナ・ヴァザリアによる「バレンシアガ」や「スリーアズフォー」が提案した、ゲームやSNS上でのヴァーチャル空間でのもう一人の私のための服も展示した。こうした衣服を着た時に感じる私ではない私、あるいは私らしい私に出会えたような恍惚感も長続きはしない。
写真手前の「ノワール・ケイ・ニノミヤ」のドレスは透明なPET樹脂製。写真奥の映像と鎧はコロナ禍にヴィデオゲームを通じて発表された「バレンシアガ」のコレクション。ヴィデオゲームの中に登場したアバターたちがまとったウエアの多くは実際に製作された
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
AKI INOMATAの「やどかりに『やど』をわたしてみる」は東京やニューヨーク、ベルリンや北京など世界各国の都市を模した透明の「宿」をやどかりにわたしてみる作品。やどかりが成長に合わせて宿替えする習慣に人間の移動やアイデンティティの変化を重ねたものだが、人間の際限ない欲望の姿にも見える。
写真手前がアレキサンダー・マックイーンが2010年春夏コレクションとして発表した爬虫類柄のドレス。ランウェイで発表した最後のコレクションになった
©京都服飾文化研究財団、福永一夫撮影
このセクションにはアレキサンダー・マックイーンが最後にランウェイで発表した爬虫(はちゅう)類柄のドレスも展示してある。古代に海中に沈んだとされる伝説の島アトランティスと、地球温暖化や環境問題が噴出し始めた21世紀初頭の状況をリンクさせ、極地の氷が解けて界面が上昇し、人類が逆進化して海に適応していく未来をスペクタクルに表現した。マックイーンが気候変動などの社会問題に対して何を表現したかったのかはわからないが、約15年前の提案に改めてハッとさせられる。
text: Yuko Hirota
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