×

イタリアのファッションデザイナー、ヴァレンティノ・ガラヴァーニが93歳で死去。その生涯を振り返る

Daniele Venturelli / Getty Images

2026年1月19日(現地時間、以下同じ)、イタリアを代表するファッションデザイナーで、世界的な有名ブランド、ヴァレンティノの創業者ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏が死去した。93歳だった。ローマの自宅で愛する人たちに囲まれて亡くなったと、同氏の財団がSNSで発表した。マリ・クレール インターナショナルのイタリア版デジタル記事よりお届け。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニとファッション、その愛の物語

象徴的なドレスと有名な「ヴァレンティノ・レッド」を世に送り出したファッション界の帝王について知っておくべきことすべて。

この投稿をInstagramで見る

BBC News(@bbcnews)がシェアした投稿

ヴァレンティノ・ガラヴァーニは1932年5月11日にボゲーラ(イタリア北部ロンバルディア州)で生まれ、2026年1月19日に死去した。間違いなく、世界で最も有名で愛されたイタリア人デザイナーの一人だ。ファッションの歴史を築き、長年にわたり、その作品を通じて女性の美しさをたたえ、価値を高めようとした人物である。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニ、その生涯とキャリア

彼は早くからファッションに魅了され、デザイナーになるために勉強した。次第に注目を集めるようになり、著名なデザイナーのもとで下積みを経験したのち、1950年代にメゾン・ヴァレンティノを設立した。しかし、高い運営コストと、とどまるところを知らないラグジュアリーへの愛が相まって、メゾンは閉鎖の危機に陥った。しかしパートナー、ジャンカルロ・ジャンメッティのおかげで、ヴァレンティノは夢を実現することができた。二人は一緒に新しいファッションハウスを立ち上げ、仕事を分担した。ヴァレンティノはクリエイティブな面に専念し、一方、ジャンカルロは経理と財務を担当した。

ピッティ・モーダ(フィレンツェで行われるファッション見本市)での彼の最初のコレクションは、観客と批評家の双方から評価され、大成功を収めた。ヴァレンティノはすぐに現代ファッション界のビッグネームの一人となった。ヴァレンティノの服をまとう女性たちの中には、エリザベス・テイラー、のちにジャッキー・ケネディの名で広く知られるようになるジャクリーン・ブーヴィエ、オードリー・ヘプバーン、そしてサラ・ジェシカ・パーカーやジュリア・ロバーツなど、そうそうたるセレブが名を連ねている。

彼はニューヨーク、東京、パリなど、世界の主要都市にブティックを開いた。事実上、あらゆる場所で知られるブランドとなり、ほどなくしてメゾンのロゴは、優雅さ、女性らしさ、美しさを象徴するものとして認識されるようになった。もちろんファッションだけではない。ヴァレンティノは、香水や化粧品などの分野でも事業を展開している。

ヴァレンティノ、そのスタイルと「赤」

ヴァレンティノ・ガラヴァーニは、彼のコレクションの主役としてエレガンスを掲げている。究極のエレガンスとは、細部への並々ならぬこだわり、完璧主義によってのみ生み出すことができるものだ。彼は形と色の完璧なバランスを追求し、女性本来の美しさを損なうことなく、引き立てようとした。

メゾン創設当初から最高品質の素材を厳選し、仕立て服には手作業の装飾やぜいたくなレース、精緻(せいち)なディテールが加えられている。こうして、一着一着が芸術作品のような存在へと昇華されている。

美を絶えず探求する中で、彼は赤という色をメゾンの象徴として用いることに決めた。それは単なる赤ではなく、今日では誰もが「ロッソ・ヴァレンティノ(ヴァレンティノ・レッド)」として知っている、非常に明確に定められた色合いだ。それは、カドミウム、パープル、カーマインの中間に位置する、鮮やかな赤である。

メゾンの所有権

ヴァレンティノのメゾンのオーナーは誰なのか? 実のところ、このメゾンは何度も所有者が代わってきた。1998年、ヴァレンティノは自身のブランドを実業家マウリツィオ・ロミーティが率いるイタリアの投資会社HDPに売却することを決めた。その後、老舗繊維企業のマルゾット・グループの傘下に入ったが、数年後、同グループは過半数の株式を投資ファンド、ペルミラに売却した。2012年には再びオーナーが代わり、現在の筆頭株主はカタールを拠点とする投資会社メイフーラ・フォー・インベストメンツである。その後、巨大企業ケリングが資本参加し、現在、約30%の株式を保有しているが、将来的にはメゾンを完全に傘下に収める可能性もあるようだ。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニはいつ引退したのか?

2007年7月、ヴァレンティノはメゾンの45周年を祝った。その数か月後の同年9月、彼はファッション界に別れを告げた。後任にはアレッサンドラ・ファッキネッティが就任した。その後、1999年から同メゾンのアクセサリー部門に携わっていたマリア・グラツィア・キウリとピエールパオロ・ピッチョーリが、2008年、共同でクリエイティブ・ディレクターに就任した。

キウリがヴァレンティノを離れてディオールに移ると、ピエールパオロ・ピッチョーリが単独でメゾンを率いて、国際的な成功を導いた(現クリエイティブ・ディレクターはアレッサンドロ・ミケーレ)。ヴァレンティノ・ガラヴァーニはランウェイから引退したにもかかわらず、時折、特別な作品を手掛けている。例えば、アン・ハサウェイ(2012年)とスウェーデンのマデレーン王女(2013年)のウェディングドレス(オランダのマキシマ王妃やギリシャのマリー・シャンタル王女らもヴァレンティノのウェディングドレスをまとった)などが挙げられる。

映画や演劇におけるヴァレンティノ

彼は数多くのドキュメンタリーやテレビシリーズに出演し、2006年にはメリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラントが出演した有名な映画『プラダを着た悪魔』にもカメオ出演している。2008年には、米ジャーナリストのマット・タイルナウアーが監督を務めたドキュメンタリー映画『帝王ヴァレンティノ 最後のランウェイ』が公開された。ヴァレンティノの生涯とキャリアについて深く知りたい人にとっては必見の作品である。この作品はヴェネツィア国際映画祭で上映され、観客と批評家の双方から高い評価を得た。

2016年には『ズーランダー2』にも本人役でカメオ出演している。また、彼がこれまでに何度も舞台衣装を手がけてきたこともふれておきたい。その一例として、1994年にはオペラ『The Dream of Valentino(原題)』、2016年にはローマ歌劇場で上演されたソフィア・コッポラの演出による『椿姫』の衣装を制作している。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニの恋人

ジャンカルロ・ジャンメッティは、長年、ヴァレンティノ・ガラヴァーニと公私にわたるパートナーだった。彼らの恋愛は終わったが、その後も二人は良好な関係を保ち、交流を続けていた。

※(  )内編集部注

translation & adaptation: Akiko Eguchi

ジョルジオ・アルマーニ 91歳で死去
ウェディングドレスを広めた 桂由美さん死去

関連情報

リンクを
コピーしました