【正倉院×篠原ともえ】アーティストの新たな挑戦
2025年8月24日(日)まで大阪歴史博物館で開催され、大好評を博した展覧会「正倉院 THE SHOW―感じる。いま、ここにある奇跡―」。 とくに話題を呼んだのが、今回、展覧会のコラボレーションアーティストのひとりとして参加する篠原ともえさんが手がけたドレスだ。 9月20日(土)より、東京・上野の森美術館へ巡回する。
2025年8月24日(日)まで大阪歴史博物館で開催され、大好評を博した展覧会「正倉院 THE SHOW―感じる。いま、ここにある奇跡―」。 とくに話題を呼んだのが、今回、展覧会のコラボレーションアーティストのひとりとして参加する篠原ともえさんが手がけたドレスだ。 9月20日(土)より、東京・上野の森美術館へ巡回する。

「正倉院 THE SHOW―感じる。いま、ここにある奇跡―」は、最終日には来場者数が10万人を超え、大阪歴史博物館で開催した特別展としては過去2番目の盛況ぶりとなった。その魅力を、篠原さんはこう語る。
「皆さんもご存知のように、年に一度だけ一部の宝物が博物館で公開される『正倉院展』は毎年10万人以上の方々が訪れるそうです。私たちが正倉院宝物に接する機会は限られ、あまりに貴重ゆえに国外に出ることもありません。歴史的価値をより広め、後世に残すべくデジタル技術を駆使して、宝物を“見せる”から“感じる”へと進化させたプロジェクトが本展覧会なのです。展示では、正倉院にインスピレーションを受けた多彩なアーティストが参加されました」
アーティストの分野は多岐にわたり、ファッションが篠原さん、ほかに写真家、音楽家や陶芸アーティストが選ばれた。
これだけの貴重な展覧会に自身がコラボレーションアーティストに選ばれたことについては、「宮内庁正倉院事務所の全面監修によって実現した本展は、今までにない画期的で大きな挑戦であると感じました。これまでにプライベートでも何度も奈良へ足を運んでいることもあり、コラボレーションアーティストとしてお声がけいただけことは大変光栄です」と目を輝かす。
何度か訪れたことで感じた、アジアの美意識を体現する奇跡の宝庫、正倉院が持つタイムレスな価値観と“クラフトパーソンシップ”への敬意。今回、コラボレーションするうえで、「宝物がどのようにしてつくられてきたのか?」と当時の職人たちの想いを知ることを篠原さんは最も楽しみにしていた。
「長い年月をかけて守り、残された記憶をなぞり、現代へと甦(よみがえ)らせる手仕事は苦労を苦労と感じないような、制作者として至福の時間でしたね」
迷ったのは、およそ9000点にも及ぶ宝物の中から、着想源となるモチーフを選ぶこと。宮内庁正倉院事務所から宝物にまつわるあらゆる資料をいただき、最終的に決定したのは「漆胡瓶(しっこへい)」と呼ばれる水瓶だった。『国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)』にも記載されている。

「正倉院の中でも国際色豊かな宝物のひとつが『漆胡瓶』。この宝物は、鳥の頭をかたどった蓋をもつペルシア風の水瓶なのですが、東アジア独特の漆芸が用いられ、銀の薄板で草花や鳥獣の文様が巧妙に表わされています。9000点にも及ぶ宝物と対峙する中で、圧倒的で独特なその存在感に魅せられたのです。職人技術の粋を集めた古代の水瓶に、時を超えた美意識とおおらかな大陸の流れを感じ心が震えました。その感情そのままに、この『漆胡瓶』を纏うアートピースの象徴としてファッションへと昇華させたのが「LACQUERED EWER SHOSOIN DRESS」です」と篠原さん。
作品づくりを行ううえで大切にしたのは、「1300年という物語の証として、宝物の姿をなるべくそのままに繋いでいくという想い」。しかし、水瓶と装うドレスでは大きな違いがある。

「まず、高精細の3Dデジタルデータを元に水瓶のフォルムを人尺へと拡大し、構築することから始めました」
正倉院宝物の3Dデジタルデータは、最新の3次元計測や高精細写真撮影、質感取得技術を駆使して作成された精緻(せいち)なデジタルアーカイブ。宮内庁正倉院事務所とTOPPANが2019年から取り組んでいるプロジェクトだ。
これまで多くの衣装を自らデザインして制作してきた篠原さんにとっても、3Dデータを生かして作品をつくるプロセスは初めての挑戦。しかし、これが時空を超えた作品づくりへと導いた。「宮内庁正倉院事務所から大変貴重な資料を提供いただけたことの重みを感じながら、過去の職人と真摯(しんし)に向き合う姿勢で進めました」と話す。
“宝物の姿をなるべくそのままに”という想いは、細部にまで及ぶ。
「漆の素材感は漆黒の国産クラッシュビロードをベースにし、質感を出すために風合いもつけました。細やかな文様の再現は400種以上にも及ぶパーツを手作業でトレースしてくみ取りました。パーツは様々な素材を試した結果、真鍮(しんちゅう)を用いたのですが、全てのパーツにエイジングを表現する加工を施し、紡がれた月日を具現化しました」
手作業での緻密なトレースは、自身が鉛筆で描いた細密画を生地にした洋服がSNSで絶賛される篠原さんならではの作業過程といえる。制作チームも、最高のメンバーで取り組むこととなった。
「チームで作品を制作する場合には、アウトプットまでのコンセプトを一気通貫させることも大切なんですよね。ドレス制作にはコムデギャルソンのメゾンドレス制作に携わった、一流のキャリアを持つ安部陽光氏をお迎えしました。ビジュアル展開と空間ディレクションは夫であるアートディレクター・池澤樹が担当しました。構想からおよそ1年かけ取り組みましたが、皆のクリエイティビティが集結したからこそ生まれた作品だと感じています」

篠原さんは、作品の完成までのプロセスは、日本が世界に誇る美意識を知る時間でもあったという。
「日本の美の軌跡や歴史を辿り学んでゆくと、私たちだからこそ感じ取れる審美眼があるはずなんです。実際に私も今回の創作を通じて正倉院宝物と時間をかけて向き合うと、まるで過去の職人と創作を通じた対話をすることができたような瞬間がありました。職人の鋭敏な観察眼から導かれた多様な植物は、葉脈まで生き生きと繊細に刻まれて、鹿や鳥など動物たちの愛くるしい豊かな表情はどこか人間味にあふれていました。さらに興味深いことには、小さな昆虫や蝶(チョウ)までもが雄と雌のつがいで存在していたんですよね。自然と生命への愛の賛歌であるこの世界観に気づけた時の喜びは、とても印象的な出来事でした。このように自身の視点で、文化の記憶に喜びを感じ取ることも大事なのだと思います」
精鋭のチームで紡いだドレスは、展覧会の最後に鑑賞者を迎える。正倉院の気配を現代へ甦らせた空間の最後に待っている、最高のクライマックス。1300年という果てない時間を超えて、創作者たちの対話を通して生まれたアートピースに触れれば、きっとあなた自身の中に眠る日本人としての感性が揺さぶられるはずだ。
photoraph: Sayuki Inoue text: Rica Ogura
information
正倉院 THE SHOW―感じる。いま、ここにある奇跡―
日 時:2025年9月20日(土) ~11月9日(日)9:30〜17:00(最終入場16:30)
休館日:月曜日(ただし、休日の場合は開館。翌日休み)
会 場:上野の森美術館 (東京都台東区上野公園1-2)
篠原ともえ
デザイナー/アーティスト
文化女子大学短期大学部服装学科ファッションクリエイティブコース・デザイン専攻卒。1995年歌手デビュー。2020年に夫でアートディレクターの池澤樹とクリエイティブスタジオ「STUDEO」を設立。2022年にデザイン・ディレクションを手掛けた革きものが、国際的な広告賞であるニューヨークADC賞の2部門・東京ADC賞を受賞した。
Official Website: https://www.tomoeshinohara.net
Instagram: @tomoe_shinohara
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