×

豊かな食文化を誇るスペイン・カタルーニャ地方

Ⓒ Catalan Tourist Board

世界の美食家にとって今、最も魅力的なデスティネーションの一つがカタルーニャ州だろう。スペイン北東部、地中海に面した九州ほどの広さに、ミシュランの星を獲得したレストランが62軒もひしめき、星の総数は77にもなる。それを裏付けるように、国際ガストロノミー・文化・観光協会(IGCAT)が、カタルーニャ州をヨーロッパで初めて「世界ガストロノミー地域(World Region of Gastronomy) 2025」に選定。多彩な歴史や風土を反映し、創意工夫に富んだ美食観光の魅力を発信しようと、カタルーニャ州政府観光局はプロモーションに力を入れている。日本でも5月下旬、東京と大阪でイベントを開催。カタルーニャを拠点にグローバルに活躍するスターシェフ2人が来日し、創作の実演を交えながら、ガストロノミー・ツーリズムの可能性と魅力をアピールした。

19世紀末から20世紀にかけてカタルーニャから、アントニ・ガウディ、ジョアン・ミロ、そしてサルバドール・ダリといったアーティストが次々と登場したように、20世紀末、料理界にもフェラン・アドリアという異才が現れた。「エル・ブジ」というレストランを舞台に料理と科学を融合させた分子ガストロノミーを開発。それまでの美食の概念を一変させた。

食材を泡状に仕立てるエスプーマやイクラに見立てたアルギン酸カプセルなど、科学の知見を応用した調理法や、しょうゆやユズといった日本の食材を使った斬新な創作が特徴。彼がシェフを務めた1997年から閉店する2011年までミシュランの三つ星を連続で獲得し、「世界で最も予約の取れないレストラン」としても知られるようになった。

©︎Catalan Tourist Board

筆者も2002年春にパリコレクションの取材を終えて、エル・ブジを訪れたことがある。バルセロナから車で北へ2時間ほど。入り江を見下ろす場所にあるレストランに入ると、科学の実験機器のような調理器具が並ぶ厨房(ちゅうぼう)にまず案内されてから、席へ通される。料理はお任せのコースのみで、なんと40皿近くもあった。懐石料理のプレゼンテーションからも影響を受けているとのことだったが、食べていてこちらは驚きの連続。食事をしているというより、アーティストのパフォーマンスを体験している感覚に近かった。

2003年には、「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」が表紙にアドリアを起用。「The Nueva Nouvelle Cuisine(新ヌーベル・キュイジーヌ)」というタイトルで、カタルーニャを中心としたスペインが、フランスを超えて美食の中心地になったと結論づけた。「エル・ブジ」などで研さんを積み、カタルーニャの多様な歴史や複雑な風土を反映させたイノベーティブな料理を供するシェフも増え、カタルーニャは21世紀の食都となった。実際、世界中のフーディーが、ガストロノミーの最前線を体感するためだけにカタルーニャを訪れる。

そうした盛り上がりが評価され、カタルーニャ州は国際的な非営利団体のIGCATによって「世界ガストロノミー地域2025」にヨーロッパで初めて選ばれた。それを記念してカタルーニャ州政府観光局は今年、美食観光の魅力を伝えるプロモーションを世界各地で展開している。5月下旬、日本でも東京と大阪で相次いでイベントを開いたばかり。その幕開けとなったのが、「Tasty Catalonia World Tour」と題して、5月26日にザ・リッツカールトン東京(東京・赤坂)で行われたガラディナーだ。

カルメ・ルスカイェーダ氏(左から2人目)とジョアン・ロカ氏(右から2人目)©︎Catalan Tourist Board

イベントの冒頭、カタルーニャ州政府のサルバドール・イリャ首相(写真、左から2人目)が「カタルーニャ料理は単なる食事ではなく、私たちのアイデンティティであり、文化であり、価値観の表現でもあります。そのことを日本のみなさんと分かち合いたい」とあいさつ。続いて、カルソッツ(炭火焼ネギ)からパナジェッツ(アーモンドのマジパン)まで、カタルーニャ各地を旅するように多彩な17品がフィンガーフード形式で供された。料理に合わせて、レカレドのコルピナットやトーレスのサルモスなどカタルーニャを代表する銘醸(めいじょう)ワインも出され、約250人の来場者たちはマリアージュを楽しんだ。

今回のイベントに合わせて、カタルーニャを代表するシェフのカルメ・ルスカイェーダ氏とジョアン・ロカ氏も来日。ルスカイェーダ氏はミシュランの星を最も多く獲得し、2004年から2023年まで東京で「サン・パウ東京」を経営していたことでも知られる。一方、ロカ氏は兄弟と共にカタルーニャのジローナでミシュラン三つ星の「エル・セリェール・デ・カン・ロカ」を営む、ガストロノミー界の重鎮だ。2人が今回のガラでそれぞれ2品をライブで作りながら、その味わいや来歴を来場者の間近で解説するというぜいたくな企画。

©︎Catalan Tourist Board

ルスカイェーダ氏は、アンコウと豚肉を使った団子を作りながら、海の幸と山の幸を一つの料理に使うカタルーニャ料理の特徴について説明した。ロカ氏の提案した乳製品のデザートは、在来種の羊のミルクを使い、さらに羊毛の香りを蒸留して風味の一つとして加えるなど、カタルーニャの山あいの空気を感じさせる創意工夫に富んだ一品だ。

©︎Catalan Tourist Board

両シェフは大阪市に移動して、大阪・関西万博会場内のスペイン館で5月28日に行われた「カタルーニャ 革新と前衛の地」と題した招待制のトークショーにも参加。ロカ氏は「創作の際、自分の生まれ育った土地の庶民的な伝統を大切にしている」と話し、同時に、生物学者や工業エンジニアなど異なる分野の専門家の協力を得ながら、革新的なメニューを発想していることを紹介。ルスカイェーダ氏は新鮮で旬の食材を好むカタルーニャと日本の料理の共通点を指摘した上で、だしの生かし方などについて日本料理から大きな影響を受けたことを話した。2人とも、カタルーニャのガストロノミーが単なる文化的表現ではなく、変革、アイデンティティー、国際的な発信のための真のツールであることを強調して、トークショーを締めくくった。

トークショーの後にはスペイン館内のレストランで、カタルーニャ地方のワインのテイスティングなども行われ、招待された関西地方のビジネスパートナーや美食関連のインフルエンサー、そして観光業や政府の関係者などがカタルーニャの多様なガストロノミー・ツーリズムについて理解を深める貴重な機会となった。

text: Naohiko Takahashi

「世界一幸福な国」にみる、幸せになるためのささやかな3つのヒント
モヤシを食べにマレーシアへ【藤﨑聡子のémoi style】

リンクを
コピーしました