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バレエの常識を打ち破る「バレエザニュークラシック」。出発点と未来を聞く

“今までにないガラ公演が作りたい”。そんな一途な思いから、現代に生きる自分たちが観たい舞台を自分たちの手で生み出しているふたりがいる。それがフォトグラファーとして数多くのバレエダンサーの美しさを写真に収めてきた井上ユミコさんと、K-BALLET TOKYOプリンシパルとして活躍するバレエダンサーの堀内將平さんだ。公演の名は「BALLET TheNewClassic(バレエザニュークラシック)」 。既存の常識や慣習にとらわれず、バレエの新たな伝統、新しい傑作として後世に語り継がれるであろう、この革新的な舞台はどのように誕生したのだろうか? 井上さんと堀内さんに、これまで行われた2回の公演を振り返りながら、今後の構想について話を聞いた。

バレエ界の常識を変えたい。ふたりの出発点

「バレエザニュークラシック」のきっかけは、2020年4月にふたりが今のバレエ界についてざっくばらんに話したことだった。その際、ともに既存のバレエ公演に対して、違う表現方法の可能性があるのではと感じている部分があり、もっとこうだったらいいのにという思いにお互いに共感を覚えたのだ。

左から〉井上ユミコさん、 堀内將平さん / photo: Fukuko Iiyama

そして、後日、再びふたりで話した時に、具体的に自分たちの理想のバレエ公演について語り合った。

バレエダンサーのカッコよさをもっと伝えたいとの思いが軸にある井上さんは「舞台の照明や衣装を変えて、陰影をつけて見せることで、ダンサーの素晴らしい肉体美がよくわかるようにしたいし、光にこだわることで、もっと物語も伝わりやすいのではないかと將平くんに伝えました」と話す。

海外での活動経験も豊富な堀内さんは、日本のバレエのガラ公演は舞台にジョーゼットと呼ばれる幕を垂らすことが基本で、衣装も含めてガーリーだったりロココ調な世界観が一般的だが、それに対してもっと別の見せ方もあるのではないかと考えていた。

「例えば、ファッションデザイナーさんに舞台衣装を作ってもらったら違う世界を見せられるのではないかとか。作品もダンサー頼みで、ダンサーが上手いからバレエ公演が盛り上がる風潮があるけれど、もっと面白いショー作品を構成に組み込んだほうがバレエの魅力が伝わるんじゃないかとか、そんな話をユミコさんとしました」

photo: Fukuko Iiyama

堀内さんは音楽に関してもバレエ界の常識を変えていきたいと考えていた。

「スタジオでは基本的にピアノで練習するんですけど、例えば、ドン・キホーテのアダージョはオーケストラの壮大な音よりもピアノ1台で弾いたほうがロマンチックで、絶対お客様に響くのになって思ったところから、音楽も変えていったほうが、より良いものになるんじゃないかと考えました」

コロナ禍で一念発起、公演を実現させるために

そして、井上さんは当時コロナ禍の自粛で表現活動ができず、溜(た)まりに溜まったストレスをエネルギーに変えて、公演の実現のために一気に動き出した。

「数日後にユミコさんからメッセージが届いて、將平くん、あのバレエ公演のことだけど、会場はどこどこで演出家はこの人がいいと思う、みたいな具体的なリストがバーッと送られてきて。『本当にやるの、この人? (笑)』と思いながら、実現に向けて進んでいきました。ユミコさんのこの勢いがなければ、飲みの席でのただの楽しい夢物語で終わっていたと思います」と堀内さんは当時を笑顔で振り返る。

ただ、バレエ公演をイチからつくり上げることはふたりにとって初めての経験であり、さらにコロナ禍ということもあって、一筋縄でいくわけがなかった。

「劇場を押さえようと思っても、日本にはバレエ公演に適したいい劇場が少なくて、なかなか押さえることができない上に、翌年分は基本的にすべて埋まっているなんて知らなかったので、演出家や衣装さんなどに声を掛けながら、とにかく空いている会場を探していきました。並行して將平くんはやってみたい作品や演出についてどんどんリストアップ。9月の初旬には動き出して、12月には全体のイメージができていたので、そこから出演してほしいダンサーにも声を掛け始めたんです」

第1回公演は「オシャレというだけで終わってしまった」

そして、コロナ禍で一度中止になったのちに、第1回となる「バレエザニュークラシック 2022」が開催された。その結果、確かにオシャレなものはできた。でも、ただオシャレというだけで終わってしまったと堀内さんは振り返る。

「演出や衣装、そしてヘアメイクは素晴らしかったのですが、それだけでは既存の枠から出ることができず、バレエの可能性を広げるところまではいけなかったと感じました」

井上さんは、私たちはもっとできるという可能性を残す公演になったという。

「イメージしているものはもっとスゴいんだよって思ったので、ここでは終われない、次も頑張るぞという気持ちになりました」

仕事ではない。「人生そのもの」と引き受けるクリエイターたち

ほどなくして、ふたりは2回目の公演に向かって動き出す。すると、さらに多くのトップクリエイターたちに声をかける過程で、一流のつくり手たちの仕事への向き合い方について感銘を受けることに。

衣装は前回から引き続き幾左田千佳さんが担当
photo: Yumiko Inoue

「例えば、メイクアップデザインのUDAさんは、こちらが依頼をした際に、自分がこの公演のためにできることがあるのか、自分で腑(ふ)に落ちないと仕事を受けないという姿勢でしたし、衣装担当の幾左田千佳さんは、衣装がただカッコいいだけではなくて、なぜこの服はこうなのかっていう物語を踏まえながら衣装を作ってくれるなど、みなさんの熱意に圧倒されました」と井上さん。

堀内さんは、ダンサーの海老原由佳さんの舞台との向き合い方にも学ぶことが多かったと話す。

「海老原さんは今回シェヘラザードを僕と一緒に踊っていただいた方で、前回も一緒に踊る予定だったんですけど、妊娠なさって共演が叶(かな)いませんでした。今回一緒に演じるにあたって、『何のために將平くんはシェヘラザードをもう一回やりたいのか、何のために私と踊りたいのか、何を変えたいのか、何を伝えたいのか、それがないのであれば、いいものはできないから』みたいな感じでおっしゃっていただいて。海老原さんは世界的な振付家のジョン・ノイマイヤーさんに賞賛されるほど実力のある方で、これだけの向き合い方をされているからこそ、舞台上で最高の表現ができるんだなと感じました」

そんなクリエイターたちについて、さらに堀内さんはこう付け加える。

「みなさん、仕事として依頼を受けていないんですよね。仕事以上の、人生そのものみたいな。全てを掛けて向き合ってくださる方ばかりだったんです」

井上さんも、参加したクリエイターの誰からも単なる仕事でやっているような印象は受けなかったと話す。

photo: Fukuko Iiyama

それほどまでに錚々(そうそう)たるクリエイターが集結すると、まとめるのが大変そうに感じるが、実際はその逆だったと話す井上さん。

「超一流のクリエイターのみなさんが集まってくれたから、その人たちが、今、この時代を感じながら、どういう考えや思いをもってクリエイションを行っているのか、それを公演に反映させたかったので、とにかくみなさんの声に耳を傾けました。大変だったことは全くなくて、みなさんが公演を自分ごととして考えて下さるようになったら、あとは本番というゴールに向かって各自自由に走り出していました。唯一、会場入りしてから本番までの間にはさまざまな戦いがありましたが、戦いながらも最高の舞台を生み出すところまで持っていく情熱と力がある人たちばかりだったから、最終的に素晴らしい公演になったと、全員で喜びました」

衣装や設定…従来のバレエにない試みは賛否両論に

2回目となる今回の「バレエザニュークラシック」では、衣装は着古されたバレエの衣装を一般から募集して、一着一着に込められた歴史や想いを引き継ぎながら、デザイナーの幾左田千佳さんが、まったく新しい衣装に蘇(よみがえ)らせるなど、これまでのバレエ界にはなかったさまざまな試みを行っている。

ふたりが特に印象に残っていることはどんなことだろうか?

井上さんは「ロミオとジュリエット」ならぬ「ロミオとロミオ」、ロミオが恋に落ちたのは男性だったという現代ならではの設定の作品が特に印象に残っていると話す。

photo: Fukuko Iiyama

「8月2日、3日が本番なのに7月20日過ぎの時点でこの作品はまだ振り付けもできていなくて。ダンサーも本番2日前に初めてちゃんと踊っているような状況だったので、最後まで仕上がりがわからなかったんです。最終的な形は舞踊監修の將平くんの頭の中だけに存在していたんですけど、いざ、本番を見た時に想像を超えてきたなと思ってすごく感動しました」

ほぼすべての作品に携わる堀内さんは「バレエザニュークラシック」自体が作品として印象に残っているという。

「ドラムの演奏でダンサーが躍る“Anomalous”から始まって、12人のダンサーを全員並べた“ショパン組曲〜バレエ・ブラン〜”があって、“ロミオとロミオ”という挑戦的な作品や目の不自由な女性が登場する“別れのパ・ド・ドゥ〜アリシア・アロンソに捧ぐ〜”など、これまでのバレエの常識ではあり得ない作品をたくさんやらせていただくことができました。公演後にエゴサーチをしていると、その内容は賛否両論で、それを見た時に、よしやったな! って思いましたね。賛成だけではなく反対意見もあることは、お客様の理解や想像を超えて、本当に新しいことに挑戦できたことの証明だと思うので」

photo: Fukuko Iiyama

伝説のバレエ団バレエ・リュスのような旋風を

次回以降の公演について、ふたりは現状どのように考えているのだろうか?

「私は、あのクリエイターとご一緒したいとか、あのダンサーに出演してほしいみたいに、ミーハーなことをぼんやり考えたりはしてるんですけど、なにせまだ会場を押さえられていなくて。会場の個性や特徴も最大限に生かしたいし、そこから生まれてくるアイデアもあるので、そういう意味ではまだ具体的な内容は固まっていないですね」と井上さん。

「パリだと日本のバレエ公演と同じ値段で、オペラ座の怪人の舞台としても知られるパリ・オペラ座のガルニエに行けて。そこに行くこと自体が特別な体験で、そこでバレエを観ることがさらにイベント。ドレスアップしてシャンパンを飲むことも含めて一晩に起こることすべてが特別な体験になるんですけど、日本でもそれに近づけるように劇場に縛られずに会場は変えていきたいですね。あとは現代アートとコラボする形での公演もやってみたいです」

そう話す堀内さん。さらに将来的には「バレエザニュークラシック」のステータスをあげていきたいとも。

「バレエ・リュスという昔パリでバレエ旋風を巻き起こしたバレエ団があって、バレエダンサーだけではなく、ピカソやシャネルなどアーティストやデザイナーがギュッと集まって、いろいろな作品を発表していったんです。 “バレエザニュークラシック”もバレエ・リュスのように、みんなが関わりたいと思ってもらえる公演にしたいですね。この公演に出演したことをきっかけにブランドのアンバサダーになるなど、ほかのお仕事や知名度アップに繋(つな)がったら嬉(うれ)しいです」

また、今回はバレエ界のオールスターのようなキャスティングも話題となった。

photography: Fukuko Iiyama

バレエ界は全体がひとつにまとまっているわけではなく、所属する団体が違うと競合のような存在になってしまうと話す井上さん。「だから私たちの公演はそういう枠組みから外れたところで自由にいたいなと思っていて、“バレエザニュークラシック”は特別だからね、と言ってもらえ、次のキャスティングを常に期待されるような存在になりたいですね」

通常これだけいろいろな団体に所属するダンサーが同じ舞台に立つことはないと話すのは堀内さんだ。

photo: Yumiko Inoue


「団体の垣根を越えてダンサーが集まってくれただけでなく、今回は男性のダンサーのほうが多くて、これも通常あり得ないことなんです。中村祥子さんのような日本のトップダンサーと、まだプロ1年目のダンサーが同じ舞台に並んで同じ扱いを受けることもバレエ界ではあり得ません。僕にとって、今、最高のダンサーたちを集めた結果、バレエ界のオールスターが揃(そろ)う奇跡の公演が実現できたと思います」

日本トップクラスのダンサーやクリエイターが集まってつくりあげた夢の舞台。井上さんは最後にこう振り返る。

「公演が終わった後、メイクアップデザインのUDAさんが、最高にピュアだった、と度々言ってくださったんです。今回の公演は本当に純度が高かったんだと感じましたし、私がみなさんとご一緒して感動したのもまさにそこでした」

バレエは16世紀に始まった歴史や格式のあるものだからこそ、その公演は良くも悪くも昔ながらの伝統を重んじて行われてきた。しかし、当時と今では世界はあまりに異なり、人々の価値観や美的センスなども大きくさま変わりしている。次回以降はどのようなメンバーでどのような公演が行われるのか? 井上さんと堀内さんの気持ちになって、想像を膨らませるだけで、なんだかワクワクが止まらない。

text: Hiroya Ishikawa, edit: Mio Koumura

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