大阪梅田で「大茶会」が開催
2025.11.30

マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。大阪関西万博の終了前に海外パビリオンの責任者を招いて、日本の伝統文化に触れてもらおうという「茶会」が開催されました。
2025.11.30

マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。大阪関西万博の終了前に海外パビリオンの責任者を招いて、日本の伝統文化に触れてもらおうという「茶会」が開催されました。
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「大阪・関西万博」の閉幕9日前にあたる10月4日、大阪市にある大阪美術倶楽部で、万博レガシーとして「梅田大茶会」が開催されました。
招かれたのはアメリカ館の代表であるウィリアム・E・グレイソン大使夫妻やイタリア館のロッセラ・メネガッツォさん(ミラノ大学教授)、バチカン館のステファノ・リッカルディ館長など総計40名。ほとんどは海外(オランダ、韓国、コロンビア、サウジアラビア、スリナム、チェコ、中国、ドミニカ共和国、マルタ、ラトビアなど)からの方です。
茶会は主人と客人の相互の信頼関係を構築する日本の伝統文化。今回の茶会の目的も、大阪・関西万博の参加国の方々に日本の伝統文化に触れていただき、万博で生まれた友情をはぐくみ、これからの関係をさらに深めようというものです。
主催は阪急阪神不動産ですが、阪急電鉄の創業者である小林一三は、一部の特権階級のための茶道ではなく、日常生活の中での茶の湯を広めようとしました。だれでも茶会を体験できるような様式へと進化させるイノベーションを起こしたことで知られています。そんな小林一三のレガシーを受け継ぎ、茶道の精神や美意識、そして作法を楽しみながら体験していただき、少しでも伝統文化を知ってもらおうという試みでした。
会場となった大阪美術倶楽部は、もともとは江戸時代に両替商として財を成した、鴻池財閥の本邸跡です。


茶室の名前は「松筠亭」。もとは鴻池家の軒号ですが、その意味は松とみずみずしい青竹の茶室ということです。実際、茶庭には黒松や、建仁寺垣という竹垣があり、井戸の蓋として、毎年青竹が新調されるそうです。灯籠は室町時代、今から500~600年前のものです。水盤には黒い焦げが残っているのですが、その焦げ跡は江戸時代に起きた大塩平八郎の乱の際、鴻池本邸が焼き討ちにあった際にできたとか。

また当日の床の間には「関白様(豊臣秀吉)が先日いらっしゃり、お茶をたてました」という文言が書かれた千利休の直筆の軸がかけられていて、歴史の重みを改めて感じさせてくれました。

このようなセッティングですと、いやが上にも緊張感が高まるのですが、茶会はとても和やかな雰囲気の中進み、参加された方々は英語での説明に興味深く聞き入っていました。
茶会の後半には、野菜を中心にした料理で知られる大阪のレストラン「リュミエール」の唐渡泰オーナーシェフの料理がふるまわれ、4時間に及ぶ茶会は終了しました。
茶道のすばらしさは、茶室に入ったらみな平等だということが挙げられます。茶室の入り口である躙り口には腰を折り、頭を下げて姿勢を低くしなければ入ることができません。どんな高位の人も同様です。皆が同じ立場でお茶を純粋に楽しむ、それが茶道で大切なことなのです。また茶室に入ると、その日の茶会のテーマにふさわしい軸が床の間にかけられ、季節の花や花器、香炉など、それぞれ選ばれた理由があるものが設えられています。どれも美術館や博物館でしか見られないような一級品。それが目の前に現れるのです。そんな逸品を身近に感じ、手で触り、そのお茶碗でお茶をいただく。それこそが茶会の大きな楽しみでしょう。
今回の「大茶会」には、万博開催中ということもあり、多くの海外の方々が招かれました。グレイソン大使夫妻は、「住んでいるサンフランシスコには日本人街もあり、日本の文化には興味を持っていたが、万博の2300万人もの入場者の中で仕事をしていた自分たちにとって、このような静寂の中で、美しく歴史ある文化に触れられたことは特別な体験だ」と印象を述べておられました。
茶道をたしなむ日本人は減少傾向にありますが、海外の方に茶道を体験していただくことは日本を理解していただくための一助になるのではと、来年の開催が楽しみになりました。
2025年11月27日
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©︎marie claire
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