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日帰り旅行ではもったいない! 奈良がガストロノミーツーリズムで大注目の理由とは

旅をするとき、その土地のおいしいものを食べたい!と思って行き先を決める人は、少なく ないはず。食は旅を決める重要な要素の一つといえるだろう。

今、食を中心とした観光に力を注いでいるのが奈良県だ。日本の食文化の発祥の地と言われていて、茶、うどん、清酒、まんじゅう、豆腐のルーツを持つと言われている。

奈良旅行といえば修学旅行を連想する。あるいは、東大寺の大仏や鹿の印象が強いかもしれないが、食の魅力を生かした「ガストロノミーツーリズム」の最先端の地になりつつある。昨年 12 月には、約 30 か国から食の専門家が来日する世界フォーラムが日本で初めて開かれた。その開催地として選ばれたのが、奈良県だ。

ガストロノミーツーリズムは、単に地元のおいしいレストランに行くだけではなく、食を通じてその食が生まれる背景を学びながら、その土地の文化を理解していくという旅のスタイルのことを指す。と聞いても、どういうものかちょっと想像しにくいのが正直なところ。

東京・新橋にある「ミシュランガイド東京 2023」に一つ星として掲載されているレストラン&バル「TOKi」。奈良県ブランドショップの2階にあるこの店で、奈良県と楽天グループがガストロノミーを体験できる「奈良の『食の魅力』再発見!学生と考える次世代のガストロノミーツーリズム」というイベントを開催すると知った。東大寺旧境内跡地にあるモダン・スパニッシュ レストラン「akordu(アコルドゥ)」のオーナーシェフ・川島宙(ひろし) さんによるショートコースの試食会と、奈良の魅力を高めるための大学生によるワークショップを開くという。

「akordu」は、「ミシュランガイド奈良特別版 2022」に二つ星として掲載されるなど、予約が取りづらいと言われ、とても気になるレストラン。まだ肌寒かった2月、会場へと向かった。

星つきレストランのシェフによる「ガストロノミーツーリズム」とは

今回のメニューは、(1)奈良の景色と歴史(2)万葉集・古今和歌集(3)日本の節気と奈良の伝説(4)伝統行事で巡る奈良(5)素材で季節を感じる、の 5 つがテーマ。

川島さんによると、奈良の歴史や文化、景色をどのように落とし込めるかが料理の鍵だという。奈良の凛とした空気と調和するような表現を意識しているそうだ。「TOKi」「akordu」ともに、店で提供しているメニューは天気や季節によって変わるようだが、代表的な料理を味わわせてもらった。

1品目・海の香りの奈良 奈良の香りの海

奈良県のレストラン「アコルドゥ」の 海の香りの奈良 奈良の香りの海
海の香りの奈良 奈良の香りの海

川島さんのメニュー名は独特だ。食べ手の想像力をかき立てる。1 品目の「海の香りの奈良 奈良の香りの海」を見たとき、奈良には海がないのにどうして? と一気に川島ワールドに引き込まれた。

2000 年ほど前、今の大阪市の中心地あたりまで海だったという。そこから生駒の山を越えて奈良に魚介類が運ばれていた。当時から、奈良の人々は新鮮な魚介類を食していたらしい。メニューを通して、昔の人の生活が想像できる。

料理が運ばれてくると、最初にあぶった葉の香りがした。冬の枯れ葉を表しているという。大和野菜の一つ「大和きくな」とアサリのだしを合わせたソースを、春を感じさせる菜の花と海の香りを象徴するカキであえて仕上げている。食べてみると、プリプリのカキと菜の花が口の中に広がる。奈良の大地と、海のうま味や香りを味わうことで、春を予感できる一品だ。

2品目・醤酢(ひしおず)に蒜(ひる)つきかてて鯛願う

奈良県のレストラン「アコルドゥ」の醤酢に蒜つきかてて鯛願う
醤酢に蒜つきかてて鯛願う

“醤酢(ひしほす)に 蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて 鯛願ふわれにな見えそ 水葱(なぎ)の羮(あつもの)”

現存最古の歌集・万葉集の長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)の歌をテーマにしたそう。歌の意味を簡単にすると、酢みそに、細かくたたいたノビルをあえ、鯛と一緒に食べたい、という内容だ。

1000 年以上の時を超えた「鯛が食べたい」という願い。今も昔も「食べたい」という思いは変わらないと思えると、ちょっと過去の人が身近に感じる。よし、歌い手が食べたかったであろう料理に近いものを、現代の私が代わりに食べてしまおう。

真鯛を醤酢とネギであえ、トリュフの香りを合わせている。すっぱさはなく、味はとてもマイルド。添えられた大和肉鶏のレバーコンフィのねっとり感が「鯛を食べたい!」という欲求の強さを想像させる。

3品目・まめくら豆と下北春まな

奈良県のレストラン「アコルドゥ」のまめくら豆と下北春まな
まめくら豆と下北春まな

奈良県北東部の山添村は、約 1300 年前に鬼の夫婦が住み着いた地と言われている。その土地で、昔から受け継がれてきた「まめくら大豆」は、クリーム色と茶色のツートンカラーで、しっかりとしたうま味と甘みが特徴。これと、南東部の下北山村で古くから自家野菜として栽培されてきた「下北春(しもきたはる)まな」と、奈良県産の無農薬の秋津穂米であえたメニューだ。

「まめくら豆と下北春まな」は奈良の伝統工芸である赤膚(あかはだ)焼の器で提供される。鹿や干支が描かれたイラストがかわいらしい。薬師寺・東塔解体修理の時に出た土が練りこんであると聞き、平城京最古の建物の神聖な土が使われるなんて、と背筋が伸びる思いがした。

この地でとれた野菜と、節分の豆まきで使う「魔を滅する(魔滅)」と言われている大豆を一緒に食べる。神聖な土が交ぜられた器から、鬼も福も奈良のおいしいものをすべて体に取り込む。

食べ終わると、器の底ににこっと笑ったおかめさんのイラストが描かれていた。少し緊張しながら食べていたが、この顔にちょっとホッとした。

4品目・大和牛のアサード 燻した香りとその次に在るもの

奈良県のレストラン「アコルドゥ」の大和牛のアサード-燻した香りとその次に在るもの
大和牛のアサード-燻した香りとその次に在るもの

奈良は 1月には若草山で「山焼き」、3月には東大寺の境内で火の粉を散らす松明(たいまつ)で知られる「お水取り」が行われ、町に燻された香りが残るという。料理の前に、燻したローズマリーがサーブされ、この時期の奈良を思い浮かべさせてくれる。

アサードとは、牛肉の網焼き料理のこと。低温でゆっくりとローストした大和牛に、菊芋を湯がきしてつぶしたものが添えられている料理をいただく。大和牛は、鎌倉末期には育てられていた図説が残っているほど、昔から大切に育てられている。燻したローズマリーの香りにまとわれながら食べると、歯ごたえはしっかりあるが口の中に脂の濃厚なうま味が広がっていった。

5品目・古都華(ことか)苺のジェラート 奈良とスペイン

奈良県のレストラン「アコルドゥ」の古都華苺のジェラート
古都華苺のジェラート

糖度が高く、酸味とのバランスが取れている奈良県産イチゴ・古都華と、川島さんが修業したスペインの香りを感じるオリーブオイルが添えられている。スミレの香りがするメレンゲとともに、訪れる春を体に取り込むことができる。

6品目・奈良サンド

奈良県のレストラン「アコルドゥ」の奈良サンド
奈良サンド

最後に紅茶とともに出てきたデザート・奈良サンド。クリームと合わせて入っているのは奈良漬だ。クリームの甘さに奈良漬の塩味がちょうど良く、新しい奈良漬の楽しみ方を知った一品だった。

五感と想像力で味わう食体験

目の前に運ばれるまでのストーリーを知ることで、食材や料理に込められている思いを感じることができ、とても印象深い時間となった。この記憶の刻まれ方がガストロノミーツーリズムなのかと実感。今度は現地で奈良の空気の中で食べてみたい。

「レストランは単に食事をする場所ではないんです」と川島さんはいう。お店に行こうとホテルを出る。奈良の景色を見ながら、歩いて向かう。店の扉を開け、シェフが考える奈良の世界へ飛び込む。夕食後は、まるで墨絵の中に飛び込んだかのような景色を感じながら帰る。味だけでなく、その過程のすべてで奈良を楽しんでほしいという。

奈良のガストロノミーツーリズムは可能性がいっぱい

奈良がガストロノミーツーリズムに力を入れる理由には、レストラン以外でも食文化を体感できる場所が、まだまだたくさんあるから。県が、地域創生事業を展開する楽天グループの協力を得て調査したところ「清酒発祥の地と言われる奈良の酒蔵を訪れて試飲したい」「氷の聖地と言われる氷室神社に行ってかき氷を食べたい」などの声を拾えたという。

そのような声から、楽天グループが運営する旅行体験予約サービス「楽天トラベル観光体験」で、酒蔵見学と試飲ができる体験や、氷室神社の見学と人気かき氷店「ほうせき箱」のかき氷がセットになった体験など、五つの体験プログラムを造成し、奈良県へのガストロノミーツーリズムを促進している。

一方で調査からは、若い世代の取り込みができていないという課題が浮き彫りに。修学旅行で奈良に行った経験があるので、またすぐ奈良に行こうという気持ちにならないのかもしれない。

そこで奈良県と楽天が試食会前に開いたワークショップで、奈良県立大学、立教大学、明治大学の学生に食を切り口とした奈良への誘致策を考えてもらったところ、バラエティー豊かなアイデアが集まった。

ワークショップで発表する学生たち

奈良で酒造りに参加し、1年後に飲みに行く「おと奈良の旅」。お酒タイムカプセルと称し、自分が関わったお酒を飲みに行く大人ならではの旅だ。できあがりが気になるし、参加した人が完成品を確かめに再び奈良を訪れることを狙いとしている。

手ごろな価格で食文化に触れるために、農業のお手伝いをして滞在費を抑えて観光もする「おてつ旅」。奈良はシルクロードの終着点でスパイス発祥の地と言われることに着眼し、スパイスを楽しむ旅などの意見が出た。

奈良県観光局の担当職員に感想を聞くと、「私たちにない若い世代ならではの発想が聞けた。ぜひ参考にして、今後若い世代の取り込みにつなげるとともに、ガストロノミーツーリズムの更なる普及を図っていきたい」と感心していた。

ラグジュアリーホテルもオープン 今後も高まる奈良への期待

奈良は京都や大阪から電車で 40~50 分程度。日帰りで訪れる人も多い。私自身、5年ほど前に奈良を旅したとき、宿泊施設が少ない印象を受けたのを思い出した。しかし、これはもったいない。2020 年には「JW マリオット・ホテル奈良」が開業し、今年の夏には「紫翠ラグジュアリーコレクションホテル 奈良」が、来年の夏には重要文化財に指定されている旧奈良監獄を活用した日本初の監獄ホテルのオープンも予定されている。宿泊施設も徐々に充実してきている。

少しでも長く奈良に滞在して、ゆったりと奈良の豊かな食の魅力を体感してほしい。食を通して日本の始まりと歴史、今を感じることのできる奈良が今後も見逃せない。

お問い合わせ先

奈良県観光公式サイト:http://yamatoji.narakankou.or.jp/


楽天トラベル観光体験:https://travel.rakuten.co.jp/movement/nara/202212_gastronomy/

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