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【what to do】ブンカでケンゾーを追悼する。「髙田賢三回顧展」に寄せて

落ち着いた雰囲気のロシアルック(1981-82AW)。モデルを文化服装学院の在学生が務めた

知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。それが”what to do”。今回は文化学園服飾博物館(東京)を訪ね、「髙田賢三回顧展」を見た。展示の充実ぶりは想像以上。昨年秋、コロナ禍の犠牲となった「ケンゾー」への思いが詰まった鎮魂の場にもなっている。必見!

2000年5月のゴールデンウィーク明け、「パーク ハイアット 東京」(東京・西新宿)のスイートルームで髙田賢三さんにインタビューしたことがある。「お忍び」での帰国で、前年の10月、パリコレで盛大なラストコレクションを行って以来、マスコミの取材は初めてだという。当時、こちらは30代の若造。緊張しながら取材を重ね、その年の5月下旬から読売新聞夕刊で髙田さんの業績を「2000年モードを語る」という連載で紹介することができた。

装苑賞受賞作品(中央)と1970-80年代の作品(文化学園ファッションリソースセンター所蔵)
赤いスカーフを首にかけ、ショーのスタッフらと談笑する髙田さん(1998年)

渋谷の街でトーキョーの面白さを再発見

約1週間の日本滞在中、無理を言って髙田さんを東京・渋谷の街に連れ出し、老若男女の行き交うスクランブル交差点で撮影をしたり、ファッションビルの「SHIBUYA109」で、人気ブランドの「カリスマ販売員」と呼ばれた20歳前後の女性と話してもらったりした。一線を退いたとはいえ、パリで功成り名を遂げたデザイナー。いやがられるのではと心配したが、むしろ、置かれた状況を楽しんでいる。当時の紙面を確認すると、「渋谷の流行は週単位で変わるんです」と販売員から話しかけられ、「こんなに流行の目まぐるしい所、世界中探してもないよねえ。東京って本当に面白いね」と髙田さんは目を輝かせて返している。

アンチクチュール(1971-72AW)。キモノ袖やダーツのないデザインが特徴(撮影・高橋直彦)

それまで国内外で多くのデザイナーを取材したが、大なり小なり自意識のベールをまとっているのが普通だった。取材を警戒して寡黙を決め込み、自らを神秘化したり、反対に自らの業績を必要以上に強調したり。ところが、髙田さんにはそれがない。偉ぶるところも全くない。本当に「いい人」なのだ。もしかしたら、手の込んだ自己演出だったのかも知れないが、少なくとも自分にはフィルターなしで素のまま応じてくれているように感じた。それがうれしかった反面、生き馬の目を抜くファッション界で生き残っていくには「ナイーブ過ぎはしないだろうか」と、失礼ながら心配になった記憶がある。

バルーンルック(1977-78AW)。バルーンシルエットの作品は構築的な作品への移行期に登場(撮影・高橋直彦)

様々な夢の軌跡を丹念にたどる

しかし、髙田さんは生き残った。そんな彼の追い続けた様々な「夢」の軌跡を文化学園服飾博物館(東京・代々木)で開かれている「Dreams -to be continued- 髙田賢三回顧展」で丹念にたどることができる。何よりすごいのは、文化服装学院で学んだ髙田さんが1960年に受賞した「装苑賞」の作品から、引退した99年秋に発表した2000年春夏コレクション作品まで、文化学園所蔵の髙田作品100体を一堂に展示していること。まさに圧巻。それまで写真やイラストで見たことはあったが、それが目の前に立体となって並ぶ迫力といったら。一般の入館料は500円。展示作品1体当たり5円で見られると思えば、駆けつけない理由はないだろう。もちろん、コレクション映像やパリコレの招待状、そしてデザインのために描いたスケッチなど周辺の資料も充実している。

中世・宮廷ルック(1980年代)。今で言う「ゴシック」な雰囲気を先取り(撮影・高橋直彦)

個人的には、1970年代の作品がやはり目を引いた。パリの絢爛たるオートクチュールに異議を申し立てた「アンチクチュール」、着物の直線断ちを取り入れた「東洋のペザントルック」、そして丸いオーバーシルエットの「バルーンルック」……。デザイナーとしてやりたいことを思い通りにやり、それが世界で受け入れられ、流行の舞台をプレタポルテへと変えていった熱量のすさまじさを体感することができるだろう。それが若い世代にも伝われば、展覧会のタイトル通り、彼の夢は「to be continued」ということになるわけだ。

アフリカンルック(手前1984-85AW、奥1984SS)カラフルな柄物の重ね着が斬新(撮影・高橋直彦)

実は、6月9日から国立新美術館で始まった「ファッション イン ジャパン 1945-2020―流行と社会」展を見て、展示はとてつもなく充実しているのに何かが足りないと感じていた。その欠落感を埋める「ラストピース」が髙田作品だったことに今回気付いた。だから、「ファッション イン ジャパン」展を真の意味でコンプリートするためには、髙田回顧展を目に焼き付けておかなくてはならない。会期は6月27日まで。ぼんやりしていると見逃しかねない。

ウエディングドレス(1984-85AW)。清楚でありながら、妖艶な雰囲気も漂わせる(撮影・高橋直彦)

追慕の場所としての回顧展

会場では若い学生に交じって、作品と静かに向き合っている中高年の女性を何人も見かける。関係者だろうか、それともファンだろうか? そんな光景を、これまでのファッション展で見たことがない。2020年10月4日、パリコレデビュー50年という節目に、新型コロナウイルスの感染による合併症で髙田さんが唐突に亡くなってから、日本でファンが彼をきちんと追悼する機会がなかった。今回の回顧展はその役目も担っているのかもしれない。「ケンゾー」を追慕するのに、髙田さんの母校でもある「ブンカ」ほど、ふさわしい場所はほかにはないだろう。そんなに派手な告知をしているわけではないが、間違いなく今年必見の展覧会である。

企画担当者に「是非、紹介を」と頼まれた公式グッズ。売れ行きは結構いいらしい。左からチケットホルダ―としても使えるマスクケース(¥300)、公式図録(¥1000)、「文化ボディ」を再現したペットボトル(¥300)。いずれも税込み。髙田さんのテキスタイルデザイナーを務めた真下仁さんが描いた芍薬をモチーフにしている

展覧会情報
「Dreams -to be continued- 髙田賢三回顧展」
会期: ~6月27日(日)*会期中無休
会場: 文化学園服飾博物館(東京都渋谷区代々木3-22-7 新宿文化クイントビル1階)
TEL: 03-3299-2387
URL: https://museum.bunka.ac.jp/

Profile

高橋直彦

マリ・クレール副編集長。読売新聞の記者として海外のコレクションを初めて取材したのが1998年の秋。ミラノコレクションで日本のプレス向けにアルマーニのイベントが行われ、偶然隣席で言葉を交わしたのが現在の弊誌編集長だった。

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