Fashion
イベントが開かれているT-HOUSEの店内。1世紀以上前の蔵の建材を再構築している(撮影・高橋直彦)
【what to do】履き古したニューバランスのスニーカーは日本橋浜町で甦るか?
2021.7.30
“what to do”は知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。今回のテーマは、ラグジュアリーブランドからもこぞってリリースされるようになったスニーカー。もっとも、「夏に履きたい10選」といったありふれた企画ではないので悪しからず。愛用のスニーカーを長く履き続けるためにはどうしたらいいのか? その答えを求めて、東京・日本橋浜町にあるT-HOUSE New Balance(ティーハウス ニューバランス)を訪ねた。そこでは装いのスタイルが変わり始めていることを感じることもできる。
T-HOUSE New Balanceとは何か。ニューバランスのライフスタイル分野の魅力をグローバルに発信するギャラリー兼コンセプトショップで、2020年7月のオープン。埼玉県川越市にあった築122年の蔵を解体して、それを日本橋浜町に移して再構築したユニークな空間で、新しいコンセプトやプロダクトを開発するデザインスタジオも兼ねている。設計は長坂常/スキーマ建築計画+オンデザインパートナーズ。最寄り駅は東京メトロ水天宮前駅と、華やかなファッションストリートをあえて外した、生活感のある立地がある意味「いま風」だ。
白壁が存在感を示すT-HOUSE。ライフスタイル分野のコンセプトをグローバルに発信する(撮影・高橋直彦)
アップサイクルをテーマにしたインスタレーション
そこで今、グラフィックデザイナーでアーティストNerholとしても活動している田中義久さんを迎え、スニーカーのアップサイクルをテーマにした共同研究の成果を紹介している。このプロジェクトは20年にスタートし、インスタレーションは今回で2回目。端材や廃材を漉き込んだ和紙を使ったシューズやシューズボックスの試作過程を公開している。さらに8月10日までのイベント期間中、愛用のスニーカー(ただし、ニューバランス製品限定!)を有料で洗浄するサービスと組み合わせ、仕上がったスニーカーを今回の展示のために製作したシューズボックスに入れて返してくれる。そうした過程そのものがスニーカーを長く使い、廃材をアップサイクルさせる取り組みなのだ。
試行錯誤を重ねる過程そのものをインスタレーションで見せる(撮影・高橋直彦)
廃材を漉き込んだ和紙を使ってスニーカーを試作
今回のプロジェクトでは、端材などを交ぜた和紙を素材に使ったスニーカーの試作品を発表(撮影・高橋直彦)
スニーカーは革靴と違って履きつぶすものと思っていた。だから、こうしたサービスがあることに少し驚いた。しかも、料金はそれほど高くない。それでスニーカーの寿命が延びるならサスティナビリティにも資するのではないか。そんなことを思いながら、2年近く愛用した「990v5」を持ち込んだ。雨の日に旅先でランニングのために履いたし、酪農の取材で北海道の牧草地を一日中駆け回ったこともある。だから「満身創痍」。最近は履いていくのも自宅近くのコンビニなど、人目につかない場所に限られていた。さて、その仕上がりは?
スニーカーは履きつぶすもの?
それが甦った! これなら人前に履いて出ることもできそう。持ち込む靴の状態にもよるのだろうが、別のスニーカーでもサービスを利用してみたいと思った。このクリーニングを手がけているのは、Licue & Sneakersという日本初のスニーカーウォッシュ専門店で、2019年11月に渋谷パルコに出店。ここでならニューバランス以外のメーカーのスニーカーも扱ってくれる。実際、サービスは人気で月に400~500足ものスニーカーが持ち込まれるという。
手前がクリーニングを終えた「990v5」。ビフォー・アフターを比べようと思ったが、「ビフォー」の撮影を忘れていた。急遽用意した奥の新品と比べても、その違いはほとんどわからない? イベント期間中、仕上がったシューズは下の箱に入れてもらえる(撮影・高橋直彦)
ヒップホップの流行がスニーカーをピカピカに?
モノを大切に扱う人がこんなに増えているとは思わなかった。もっとも、近年はスポーツ用品メーカーなどから限定のスニーカーが少量発売され、争奪戦の結果手に入れた若者が「もう替えがないから」と、このサービスを利用するといった事情もあるらしい。その靴を少し履いてからネットなどで売って、それを原資に新しいスニーカーを買うことも。そのため、きれいな状態のスニーカーを持ち込む客もいるのだとか。さらに1980~90年代にかけてのヒップホップ文化も「きれいに履くスニーカー」に影響を与えたようだ。彼らは成功を誇示する目的で「ピカピカのスニーカー」を履いた。中には新品であることを強調するため、わざと商品のタグをつけたままスニーカーを履いたラッパーもいたという。そのスタイルが、ヒップホップの流行に合わせて一般にも広がったというわけだ。
ビジネスのカジュアル化もスニーカーをきれいにした
ビジネススタイルのカジュアル化もきれいなスニーカーにさらに磨きをかけた。実際、伸縮性のあるポリエステル混のスーツにTシャツを合わせ、その足元は真っ白なスニーカーというスタイルをオフィス街で普通に見かけるように。「だから、長く履きたいのではなく、きれいな状態で履きたい」とは同僚のスニーカー通の弁。実際、街でスニーカーを履いた人を観察していると、若い層ほどスニーカーが「ピカピカ」なのだ。「新品」が気恥ずかしくてグラウンドなどで少し汚して「履きこなした」雰囲気を出してから、人前で履いた世代にとっては、まさに隔世の感。
サスティナブルへの取り組みを強調するため、再生素材の使用をスニーカーの売り文句にするメーカーも増えてきた。ショップでは色とりどりのスニーカーと合わせ、メンテナンスのためのキットも売られるようになった。街へ出たら、人の足元を観察してみてほしい。「足元を見る」ことは国語辞典に書かれているような「相手の弱みにつけこむ」ことではなく、世の中の新しい空気を感じ取ること。そこからスタイルの変容の兆しも見えてくる。