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授業もテストもクラスもない!?子どもたちの主体性に任せる学校のドキュメンタリー

屋根に登っても一日中ゲームをしていてもいい。やることはすべて子どもたちが自分で決める「新田サドベリースクール」を描くドキュメンタリー映画『屋根の上に吹く風は』が10月2日から公開される。授業もテストもない学校が果たしてなりたつのか。浅田さかえ監督に聞いた。

やることはすべて子どもたち自身で決め、授業もクラスもテストもない。そんな学校が鳥取県智頭町にある。その学校「新田(しんでん)サドベリースクール」の1年余りの日々を記録したドキュメンタリー映画『屋根の上に吹く風は』が、10月2日から東京・ポレポレ東中野で公開される。「その学校の存在を聞いて、直感的に面白い!と思ったのがきっかけ。衝動で取材し始めました」と語る浅田さかえ監督に話を聞いた。

屋根の上に登って遊ぶのも自由だ

 子どもたちが屋根の上から飛び降りる場面から映画は始まる。普通なら大人から怒られてしまうような行動だが、この新田サドベリースクールにいる大人たちは、けがをする危険がないよう見守るだけだ。毎日、何をするかはすべて子どもたちが話し合って決める。たとえそれがゲームであってもいい。どんなことも自分たちで考え、自分たちの責任で行動するのがルールとなっている。

この学校は、米マサチューセッツ州にあるサドベリー・バレー・スクールの教育方針に賛同した子育て中の父親、母親らが2014年に開校した。ここにいる大人たちは「先生」ではなく、「スタッフ」で、「洋ちゃん」「さとちゃん」などと子どもから呼ばれている。子どもたちの「自ら生み出す力」を信じ、背中をそっと後押しするのがスタッフの役割だ。

対象年齢は6歳から22歳。認可された「学校」ではないため、義務教育の場合は地域の小中学校に籍を置き、そこでは小中学校長の判断で場合によっては「不登校」の扱いとなり、毎日スクールに通う。映画では小学生たちの姿を中心に描かれる。

豊かな自然に囲まれた新田サドベリースクール

家族や子ども関連のドキュメンタリー番組を手がけてきた浅田監督は、夫の故郷である鳥取に帰省した際、地元の人からこの学校の存在を聞いて「面白い!」と直感したという。どういう作品にするのか形が決まっていない中、2018年2月にカメラをかかえ、1人でこの学校に飛び込んだ。同じ教育方針のサドベリースクールは東京や埼玉、神奈川、山梨などにもあったが、最初に聞いた「新田」のスタッフがすばらしかったことや、夫の実家を取材の拠点にできることなどから、この学校を取材することを決めた。

面白いと思って衝動的に取材し始めたという浅田さかえ監督 ⓒ生川和哉

「私は昭和の教育を受けてきましたから、先生がいない、テストがない、本当にそんな学校が成立するのか、スタート時点では半信半疑でした」と語る浅田監督。

子どもたちは1日中ゲームで遊んでいても怒られない。事前にサドベリースクールについての本などを読んでいても、実際に目にすると、「ゲームばかりで大丈夫? 勉強しなくても大丈夫?」と疑問ばかりがわいてきたという。「自分が正しいと信じてきた価値観が揺さぶられました」

認可された学校ではないため、自治体からの助成金はゼロ。生徒の数が少なく、厳しい運営が続いている。取材の初日、浅田監督は見学するだけのつもりだったが、そうしたスクールの運営が議題となる話し合いが行われた。どうしたら生徒を増やせるのかを子どもたち自身が熱く語り合う姿に驚き、思わずカメラをまわし始めたという。「手紙を書いて配ろう、など熱心に議論する姿に、本当にすごいな、と感心しました」

子どもたちは、英語ができるスタッフから英語を習ったり、コメ作りをしたり。「喫茶店をやりたい」という子も出てきて、資金をどうするか、メニューは何を作るのかなどを話し合う。スタッフはサポートするが、口出しはしない。喫茶店の会場を借りるための地域の人との交渉も、子どもたちが自分で行う。

「映画では割愛しましたが、韓国アイドルがはやり、子どもたちがダンスに夢中になる時期がありました。そのうち韓国語を勉強したいと言いだし、実際に先生を探して、来てもらう、ということもしていました。子どもたちは遊びに熱中するとそれに関連する本を読みます。すると文字を読まなくてはいけませんから、自分で勉強し始めるんです。必要だと思ったら自分でやる。その子どもたちが持つ力を後押しするのが、サドベリーです」

水田の手入れなど、やりたくないという子どもも出てくる。するとスタッフは、頭ごなしに否定せず、なぜやりたくないのか、みんなの前できちんと意見を言うことを求める。やることにもやらないことにも自分で責任を持つことが求められているのだ。

そしてそのスタッフも、子どもたちの選挙で選ばれる。結果によってはスタッフの生活にも影響が出る重要なイベントだ。「小学生はまだ本当の意味の民主主義を理解していないのでは、果たして選挙が必要なことなのか、と思いましたが、過程が実に面白かった。そして選挙結果に納得しない子どもも出てきます。子どもたちは、自分の意見がいかに重いものであるのか、終わってから気づくのです」

このスクールでは映画の冒頭に描かれる通り、屋根から飛び降りるのも自由だ。「タイトルの『屋根』には、自由の象徴の意味を込めました。子どもの一人が『自由は難しい』と語ったとき、このドキュメンタリーが出来た、と思いました。日本ではまだまだ良い大学を卒業して良い会社に就職する、という価値観が根強いのですが、サドベリーを取材して、今は教育が変化していく過程の時期だと思いました。今、サドベリー以外にも義務教育と違う学びの場がいろいろ出来ています。日本の教育にも新しい風が吹いているのです」

「想像を超えたことが起きるのがドキュメンタリ-制作の醍醐味」と語る

これまで家族や子どもをテーマにすることが多かったが「自分で意図した訳ではありません。自然にそうしたテーマを描くことが増えてきました。私には子どもがいませんので、親の目線よりも、子どもと同じ感覚で物事をとらえていることが多いように感じます」と語る。

ドキュメンタリーを撮影するときは、まずテーマを決め、事前にリサーチして取材対象を調べる。それに基づいてだいたいのストーリーを構成し、テレビ局にプレゼンテーションする。「でも現実に取材を始めると、想像もしていなかったことがたびたび起こります。想定と違うので当然不安になりますが、そこから新たな展開が始まります。自分の想像を超えていくのが、ドキュメンタリー番組を作る上での醍醐味ですね」とドキュメンタリー制作という仕事の面白さについて語った。

ドキュメンタリー映画『屋根の上に吹く風は』 予告編

浅田さかえ 東京都出身。CM制作、ケーブルテレビ局の番組制作を経てフリーのディレクターに。家族や子ども、教育関係をテーマにしたドキュメンタリー作品が多い。代表作に、里親家族に密着した日本テレビ系列NNNドキュメント『血をこえて・・・“わが子”になった君へ』(2008年)、自閉症のエキスパートのカウンセラーの姿を描く同『孤高の出張カウンセラー 自閉症の子どもを救え』(2013年)など。『血をこえて・・・』ではギャラクシー賞奨励賞を受賞している。

関連情報
  • 『屋根の上に吹く風は』


    2021年10月2日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開予定


    ©SAKAE ASADA

Profile

福永聖二

編集委員、調査研究本部主任研究員などとして読売新聞で20年以上映画担当記者を務め、古今東西8000本以上の映画を見てきた。ジョージ・ルーカス監督、スティーブン・スピルバーグ監督、山田洋次監督、トム・クルーズ、メリル・ストリープ、吉永小百合ら国内外の映画監督、俳優とのインタビュー多数。

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