10月31日公開の映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」監督や出演者らが語る、作品や登山家田部井淳子への思い
50年前の1975年、女性として世界で初めてエベレスト登頂に成功した登山家、田部井淳子(1939~2016年)。その実話をもとに、エベレスト初登頂から晩年の闘病、亡くなる直前まで続けた山への挑戦に至るまで、勇壮な生涯を描いた映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」が10月31日に公開される。公開に先立ち、9月中旬には、スペイン最大の国際映画祭「第73回サン・セバスティアン国際映画祭」(9月19~27日)で特別上映され、阪本順治監督や俳優の若葉竜也さんらを迎えて特別座談会を現地で行い、作品への思いや撮影秘話などについて語ってもらった。
田部井淳子をもとにした本作の主人公である「多部純子」を吉永小百合が、純子を支え続ける夫「多部正明」を佐藤浩市が演じた。本作は多部純子の偉業にスポットを当てつつ、家族関係の難しさ、尊さ、愛おしさを描き出した「家族の物語」でもある。なかでも重要な役どころが、息子であり、母と比べられることに我慢できず反発する「多部真太郎」だ。
今回の特別座談会では、阪本順治監督、田部井淳子の実子・田部井進也に加えて、多部真太郎役を務める実力派俳優の若葉竜也、そして、世界に14ある8000メートル峰すべての無酸素登頂に女性として初めて成功したオーストリアの登山家ゲルリンデ・カルテンブルンナーをゲストに迎えた。
壮大なスケールで描かれる偉業のストーリー
田部井淳子は女性初のエベレスト登頂の偉業を達成。困難や悲しみに直面しながらも、山への挑戦は生涯続いた。
──ゲルリンデさんは、本作をご覧になって何を感じましたか?
ゲルリンデ:劇中の雄大な景色はもとより、「強い女性たち」の描写が印象的でした。2か月前にヒマラヤに登った友人と、「いつか田部井淳子さんの映画ができたらいいね」とちょうど話していたところだったんです。田部井さんと重なる点は多くあります。彼女同様、山に囲まれて育った私にとって、高い山に登るのは幼い頃からの夢でした。一方、劇中にもあるように「女性だからできない」と言われたことは自分にもあります。田部井さんは、女性登山家のパイオニアとして、尊敬してきた人です。
ゲルリンデ・カルテンブルンナーさん
──劇中では、思わず引き込まれるような迫力の登山シーンがいくつも登場します。撮影現場はどんな様子でしたか?
阪本監督:大勢のクルーで臨んだ山の撮影は苦労も伴いました。晩年の多部純子が余命宣告を受けながらも東北の高校生と挑んだ「富士登山プロジェクト」の撮影は、昨年9月に富士山で行いました。昔だったら秋の気配を感じた時期ですが、海水温度が上がっている影響で、霧が立ちやすい。天気がコロコロ変わるので、撮影が難しかったです。
ゲルリンデ:私も気候の変化を感じることはよくあります。最近は7000メートル級の標高でも雨が降ったり暑さを感じたりすることがありますね。
1975年、多部純子が女子登山クラブのメンバーとエベレスト登頂に挑むシーン。©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
共感と共鳴から生まれる人間関係のリアリティー
──若葉さんが演じたのは、「世界の多部純子の息子」と言われることに耐えかねて反発した多部真太郎。難しい役柄だったと思いますが、どう振り返っていますか?
若葉:多部真太郎のモデルになった進也さんへの共感がすごくあります。自分も役者一家に生まれ、幼い頃から大衆演劇の世界で役者をやりました。役者としての活躍を強いられることへの反抗心があったので、進也さんの気持ちは痛いほどわかります。
田部井進也:若葉さんの生い立ちを聞いたとき、「すごすぎる」と感じました。お父さんも、お母さんも、5人の兄妹(きょうだい)もみんな役者。彼らと同じ土俵の上で戦い続けている。自分は山に行くと「田部井淳子の息子」と言われるので、山には登りたくありませんでした。
ゲルリンデ:私は6人兄妹でした。心配からか、両親は自分の夢を理解してくれなかったものです。「1回だけならやっていい」と言われて初めて山に登りましたが、帰りにはもう次の登山のことを考えていた。家族には、自分を止めることはできませんでした。
若葉:自分は「役者以外なら何でもいい」というくらい、役者にはなりたくなかったんですが、紆余(うよ)曲折を経て、今、役者をやっています。能動的かどうかの違いはあれど「何かに導かれて今ここにいるのかな」と、自分の半生を振り返りながらゲルリンデさんのお話を聞いていました。
家族と衝突した高校生の多部真太郎は、姉の助言もあり、転校して福島の親戚の家で暮らすことを選んだ。©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
──監督は若葉さんの生い立ちも知ったうえで起用されたのですか?
阪本監督:大衆演劇の世界で育ったことは知っていましたが、感情の重なりがあることは、キャスティング時点では知りませんでした。若葉くんには、自分の生い立ちの中にある感情も含めて演じてほしいと伝えました。
──家族のシーンにはリアリティーを感じましたが、そういった共鳴から生み出されたのかもしれませんね。
阪本監督:若葉くんと進也さんの共鳴に加えて、吉永小百合さんと田部井淳子さんが共鳴していると感じた瞬間もたくさんありました。利発さ、ユーモア、おてんばなところというか。田部井さんのことは書籍を読んだだけで、直接お会いしたことはありません。それでも、吉永さんの演技を見ていると、「田部井さんってこういう人だったんじゃないかな」と感じたんですよ。
阪本順治監督
──若葉さんが普段演技するうえで大事にしていることは何ですか?
若葉:「この役はこういう人だから」と決めつけないようにしています。キャラクター(役)ではなく、一人の人間として、ぶれたり、違うことを言ってしまったりすることもあるものです。
──若葉さんにとって、吉永小百合さんは初共演、佐藤浩市さんは2回目の共演でしたね。
若葉:自分は舞台でもインタビューでも緊張しないほうですが、映画の演技だけはすごく緊張します。驚いたのは、2人も緊張していたこと。吉永さんは124回目の映画出演ですよ? 「緊張していいんだ」というのを背中で見せられました。
阪本監督:現場では、吉永さんの心臓音も聞こえましたね。
吉永小百合と佐藤浩市の共演は『北の桜守』(2018)以来。夫婦の絆を深いまなざしで演じた。©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
──監督は、大切にしている価値観はありますか?
阪本監督:映画は「自分でない誰かのことを考える職業」です。すばらしい職業だと感じているし、この仕事に就かなければ、田部井淳子さんについて深く知ることもなかったでしょう。大事にしているのは「誰かのことをずっと考え続ける。それをやめない」ということです。
ゲルリンデ:なるほど。登山も一人ではなくチームでやるものなので、周りに気を配ることはとても大事です。
サン・セバスティアンで見た特別な景色
──監督がサン・セバスティアン国際映画祭に参加するのは25年ぶりですね。映画祭での上映が本作の初お披露目でしたが、手ごたえはどうでしたか?
阪本監督:上映の様子を観覧席の後ろから見ていましたが、お客さんが上映中、微動だにしていなかったのを見て、映画に入り込んでいるなと感じました。映画祭というのは温かい雰囲気があるものですが、サン・セバスティアン国際映画祭は特別です。スタンディングオベーションが自然体で、より気持ちが伝わってくるんです。25年前に感じたそういう気質がもしかしたら今は変わっているかなと思いながら来たのですが、全く変わっていなかった。上映会場を出たら、人が取り囲むように立っていて、熱いまなざしを感じました。
サン・セバスティアン国際映画祭にて
若葉:僕も、お客さんの心が動かされているなと感じました。10代のお客さんも興味を持って観てくれて、驚きました。言語を超えて日本の映画が伝わったのがうれしかったです。進也さんがスピーチをした時にも、言葉が通じているのか、通訳が入る前に一斉に反応がありましたね。
田部井:不思議でしたね。でも、自分が母のことを語っても伝わる範囲は限定的だと思います。映画という形でこそ伝わったことがあるのかなと感じました。
──病気は誰しもに起きうるもの。多部純子の闘志満々とした姿やそれを支える家族の姿には、考えさせられました。
阪本監督:田部井さんの本は金言だらけですよ(笑)。
田部井:母は余命宣告を受けてから、登山のため海外にも何度も行きました。「やりたいことをやめない」という意思がありました。
阪本監督:進也さんには、山の撮影にはすべて付き合ってもらいましたね。
田部井:自分にとっては未知なる世界で、面白かったです。大人がみんなで本気でいいものを作る。その姿が本当に格好いいものでした。
interview & text: Shunya Namba @Paris Office