カンヌ国際映画祭の監督週間に日本人史上最年少で選出。団塚唯我監督が『見はらし世代』で描いた東京と家族
photo: Tomoko Hagimoto
今年5月、第78回カンヌ国際映画祭の監督週間に日本人史上最年少、26歳の監督作品が選出された。団塚唯我監督のオリジナル脚本・初長編作品『見はらし世代』だ。10月10日(金)に日本で公開される。主人公の青年と、結婚を控えて将来に悩む姉、そして母の喪失をきっかけに姉弟と疎遠になったランドスケープデザイナーの父。東京・渋谷を舞台に、変わりゆく都市の風景と家族の関係を繊細に描いた。本作が初主演となる黒崎煌代(こうだい)と、遠藤憲一、井川遥、木竜麻生が家族を演じる。作品やカンヌ国際映画祭について団塚監督に聞いた。
忘れていた頃に電話で知らされて
──カンヌ国際映画祭の監督週間に選出されたと聞いた時、どう感じましたか。
びっくりして声が出ました。今年の1月末まで撮影していて、2月下旬にはカンヌに提出して。公式発表(4月15日)の2日くらい前、もう出したことも忘れていたんですが、夜にプロデューサーから電話がかかってきたんです。遅い時間だし、「やっぱり公開できなくなった」とか嫌な電話じゃないかと思って出ると、「驚かないで聞いてください」と言われて。「ああ、終わったわ……」と思ったら、「カンヌの監督週間に決まりました」と。劇場公開の経験もないので、何もかもが不安だったんです。「見つけてくれてありがとう」と思いました。
──カンヌではどんな反響がありましたか。
小津安二郎監督など日本の監督や名作を例に挙げて、そういった文脈の中で語っていただくことが多く、面白かったですね。明らかにどなたかをオマージュして作っているということはなかったので、意識していないこともあって聞いていて楽しかったです。カメラマンの古屋(幸一)さんと僕は雑食でなんでも面白がるタイプなので、撮影の時などに2人で挙げる監督や作品がその時々で違うんです。
──本作は、どんな作品の影響を受けているのですか。
リューベン・オストルンド監督の『フレンチアルプスで起きたこと』(2014)はスキー旅行に訪れた4人家族のドラマで、参考にしました。それから黒沢清監督の『トウキョウソナタ』(2008)やエドワード・ヤン監督の作品。ドキュメンタリーからの影響もありますね。佐藤真監督の『まひるのほし』(1999)や『花子』(2001)が好きで。日常を映していくなかで、時々、被写体のバックボーンなどがキャプションで語られるんです。すると、今までのものの見え方が急に変わる感覚がある。そういうことをやってみようと思いました。
©︎2025 シグロ / レプロエンタテインメント
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長編デビュー作で家族映画を撮った理由
──2022年に映画美学校の修了作品として短編『愛をたむけるよ』を制作。同年、短編『遠くへいきたいわ』を作り、本作が長編デビュー作です。そもそもなぜ映画の道に進んだのですか。
高校生までは野球をやっていて、映画にあまり関心はありませんでした。大学に進学した後、だんだん通わなくなってしまって、DVDを借りたりして映画をよく観るようになったんです。母と姉がドラマ好きで、坂元裕二さんの脚本作品などはもともとよく観ていて。映画に出会った19歳の頃、脚本を書いてみようかなと自然に思うようになりました。父も母も作る仕事をしていたので、ひとまずやってみることのハードルが高くなかったのかなと思います。
──ランドスケープデザイナーの団塚栄喜さんを父に持ち、『見はらし世代』はご自身の実感から着想しています。なぜ家族を描こうと思ったのですか。
22か23歳の時に脚本を書き始めて、やっぱり経験値がないので書けることが限られてしまっていて。その中で、一番長く属している一番身近なコミュニティーを映画に落とし込むのがいいかなと。それで家族映画をやろうと思ったんです。ドキュメンタリーではないので自分の家族に取材したりはせず、せりふを書く時にはフィクションとして面白くすることを意識しました。
──ご自分の実感をもとに描くことに対して、ためらいはありませんでしたか。
普段、身近な友達にその日起きた出来事などをエピソードトークとして話すことの延長でしたね。もちろん自分が書いた物語だけれど、俳優がお芝居をして、カメラマンがRECボタンを押して……と映画になる過程でいろいろな人の手に渡っていく。スタートは個人の物語だったものがどんどん誰かの物語になり、普遍的な何かになっていくことがうれしくて映画を撮っている、という感覚があります。恥ずかしいんですが、自分の映画なのに観て泣いたりしました。
©︎2025 シグロ / レプロエンタテインメント
東京の都市開発と日本的な家族観
──都市の変容という公共性の高いテーマと家族という個人的なモチーフは、ご自身のなかでどう結びついていったのですか。
僕自身が東京出身で変わりゆく街を見ていましたし、父が風景に関わる仕事をしていることもあって、気がついたら結びついていました。今回の作品にも出てくる代官山のヒルサイドテラスのカフェで、昔アルバイトをしていて。ヒルサイドテラスは建築家の槇文彦さんが1960年代から30年の時間をかけて、住民や働く人たちと対話を重ねながらゆっくり開発を進めていった場所です。そこで働くうちに、建築やランドスケープデザインなど父親の仕事について考えるようになりました。
──東京の街は次々と再開発が進み、移り変わっていきます。どう捉えていますか。
もともとあった個人店がなくなって新しいチェーン店に変わったり、高いビルがどんどん建っていったりすることに、寂しい気持ちがないわけではありません。ただ、それを映画に落とし込む時に意識したのは、今ある街を断罪するのではなく、フラットに記録していくことでした。「悲しいね」で終わるのは面白くないと思った。映画にするなら、ニュースともSNSとも違う街の撮り方がある。新しい建物が建つ時に、それ以前にあった建物や土地の記憶がどれだけ刻印されているかが重要だと思っています。今回の映画ではMIYASHITA PARKの開発が出てきますが、宮下公園の路上生活者についてなど、その場所の記憶を今の場所に植えつけることで、もう一度その土地の歴史を考える機会になればと思いました。
──カンヌ国際映画祭では、東京の都市開発についても関心が寄せられましたか。
ヨーロッパではこれほど開発のスピードが速くないこともあって、開発の速さや高層建築などに関する質問は非常に多かったですね。改めて考えれば、この映画はスピーディーな開発のなかで取り残され、時が止まっている家族の話ともいえます。東京のスピード感と日本的な家族観の遅さ、慎ましさみたいなものが相関関係をもって描かれていることに、新鮮さを感じてくれる人が結構いました。
──日本的であると捉えられた家族観は、例えばどのようなことでしたか。
父と息子の話でありながら、2人の会話はワンシーンしかないんです。海外の方からすると、「なんで話して解決しないんだ?」と思うようで。僕にとっては自然なことだったんですが、国民性や文化が色濃く出ているのかもしれません。言葉を交わさないあるシーンについて、監督週間に選出してくださったディレクターのジュリアン・レジさんは「そのシーンがすごくよかった」「決め手の一つになった」とおっしゃっていました。日本らしさみたいなものは自分が意識しない形で出ているんでしょうね。
©︎2025 シグロ / レプロエンタテインメント
「見はらし世代」というタイトルに託すもの
──人と街を描くうえで、撮影や編集で意識したのはどんなことですか。
今回の作品は街もモチーフの一つだったので、人を撮りながらもその背景に何が映っているか、背景に街がどう切り取られているかは常に意識していました。そういう撮り方をしていると、人よりも街にフォーカスが行く瞬間があったりするかもしれません。ただ、ちゃんと顔の寄りも入れようと思って、最終的にはカットバックが多くなりました。人間ドラマをしっかり描かないと商業映画にならないなという感覚があって。やっぱり2000円を払って観てもらうので、観た人にそれ以上の価値を感じてもらうことが大切だなと思っています。
──画面を複数に分けて街の変遷を追うなど、斬新な編集も見られます。
MIYASHITA PARKの過去を見せるところで、キャプションだけでは説明的になってしまうと思って、どうしたらフラットに変遷を語れるか考えました。それでメディアアートみたいにイメージを重ねていくことにしたんです。編集中に追加撮影で、渋谷に行ってiPhoneでバーッと撮って、昔の宮下公園の写真も使って組み立てていきました。
──英題は「BRAND NEW LANDSCAPE」ですが、邦題では「世代」という言葉が入っています。どのような意図がありますか。
もとは「あたらしい景色」というタイトルだったんです。ただ、ちょっと硬いなと思っていて。この映画で出したい浮遊感みたいなものと遠い気がしました。それでもっと客観的で軽さのある意訳を考えたんです。誰かにとっての「あたらしい景色」は主観的な表現だと思いますが、より客観的に、親子や街の変化といったモチーフを「世代」という言葉に託してみたいと思った。特定の世代を指しているのではなく、これから生まれてくるだろう人たちも含んでいる意識があります。街も人も変わっていって、その時々の人たちがきっとその街にいる。そういうことを表現するのに適した言葉は「世代」なのかなと思いましたが、正しいのかどうかは自分でもわからない。タイトルだけではなく、暗いのはよくないと常々思っていて。馬鹿みたいかもしれないですけど、できるだけ前を向いて生活ができたらそれに越したことはない、と。
──日本での公開を迎えるにあたって、今どんなお気持ちですか。
僕自身、日本で生まれ育っているので、日本で暮らしている人に面白いと思ってもらえるものを作ろうと思っていました。そのうえで、国際的な評価をいただけるのはありがたい。カンヌはとても幸運なことですが、10月10日の日本公開が僕にとっては本番です。
──今後の展望を教えてください。
カンヌが発表される直前まで、どこかに就職しないと生活ができないし、早くポートフォリオを用意して……と考えていました。今後も映画を続けながら、広告やMV、テレビドラマなどもやってみたいですね。いろんなことにチャレンジしていくなかで、また新しい作品のテーマが見つかるのかなと思います。
photo: Tomoko Hagimoto
Interview & text: Saya Tsukahara
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