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2025年「Her Art Prize」初代受賞者はウクライナのジャンナ・カディロワ、アーティストという名の戦士

2025年、マリ・クレールとアート・パリが創設し、フランスの歴史あるハイジュエラー、ブシュロンとパートナーシップを結んだ、現代アートにおける女性の活躍を称える賞「Her Art Prize」。その授賞式が2025年4月5日(現地時間)に開催され、ウクライナ人アーティスト、ジャンナ・カディロワが受賞。ブシュロンの創業者が愛したロッククリスタルの素材を使用し、職人が手掛けたトロフィーと賞金3万ユーロが贈られた。記念すべき初代受賞者を紹介する。マリ・クレール インターナショナルのフランス版デジタル記事よりお届け。

ジュエリーブランド、ブシュロンの支援のもと、マリ・クレールとアート・パリが主催する「Her Art Prize」の初代受賞者は、44歳のウクライナ人アーティストに決定した。この賞は、女性アーティストのキャリアを促進することを目的としており、芸術を武器に、文化と同胞を守ることを選んだ人物の作品とキャリアを称えるものである。

茶色の髪、大きな水色の目、そしてうっとりするような美しい笑顔を持つジャンナ(ジアンナとも発音される)は、ジャンヌ・ダルクにどこか似ている。2022年のロシアとの紛争勃発以来、キーウ近郊で育った44歳のこのアーティストは、芸術活動を根本的に変え、純粋な抵抗行為とすることを決意した。

紛争前、ジャンナ・カディロワは世界中を旅し、数多くのレジデンシー(アーティストが一定期間、特定の場所に滞在しながら創作活動を行うプログラムのこと)や展覧会に参加していた。彼女は常にその場で制作することや、彫刻やインスタレーションなどの作品を空間や地理的、政治的、文化的文脈と対話させながら考えることにこだわっていた。ロシア軍が侵攻する前夜、彼女は予知夢のような夢を見て、その中で彼女の体の半分が炎に包まれていたという。「私はぬれた草の上に寝転がって火を消そうとしましたが、火はついたままでした」と思い出す。

翌朝、彼女が目を覚ますと、最初のロシア軍戦車がウクライナに侵入していた。ジャンナとウクライナの人々の生活は、二度と元に戻ることはないだろう。

彼女の祖国での紛争が、作品の唯一の背景となり、中心的なテーマとなった。彼女がキーウを離れ、どこか他の場所に避難することは不可能だった。「最初から、家族を置いては行けない、私はキーウに残って、私たちの文化を守るために創作を続けなければならないとわかっていました」

それでも心は乱れていた

11歳でソビエト連邦の遺産である、優れた芸術教育プログラムの美術学校(タラス・シェフチェンコ国立美術学校)に入学した彼女は、19歳で彫刻家としてのキャリアをスタート。2004〜2005年、ウクライナを揺るがしたオレンジ革命(2004年大統領選挙での不正に対する抗議運動)のさなかに発足した、政治的な志を同じくするパフォーマンス・アーティストの集団R.E.P.(Revolutionary Experimental Space)の一員として活動していた。しかし、積み重なる瓦礫(がれき)と死を前にして、もはや芸術活動に専念する意義を見出せなくなった。彼女は、タタール系ウクライナ人の父親と同じように芸術家の道を選んだこと、そして「本当に役立つ人間になるために、トラック運転手にならなかったこと」を後悔した。2022年に開始した「Palianytsia」と呼ばれる「人道支援プロジェクト」の成功により、彼女は自らの使命に対する自信を取り戻した。

ウクライナ語で「丸いパン」を意味する「Palianytsia」という言葉は、ロシア人が正確に発音することが難しいため、紛争当初から抵抗運動の象徴や敵味方を識別するための合言葉として使われるようになった。ジャンナ・カディロワは、避難先のカルパチア地方の川で拾った石を使って、この言葉に命を与えることを決意した。彼女が伝統的なパンの形に彫刻した石は、ウクライナ人の不屈の精神の象徴となった。

彼女の作品はギャラリーからビエンナーレ(2年に1度開催される国際美術展)へ、パリからベルリンを経由してベネチアへと巡回し、最終的には67の異なる展示会場で展示され、35万ユーロの売り上げを記録した。彼女はこの売り上げをすべて、ウクライナ軍の抵抗を支援するために寄付した。「私は戦争が始まる前は平和主義者でした」とジャンナは言う。「でも、今は違う。私たちには選択肢がないから。戦わなければ、私たちは皆、死ぬ運命にあります」。彼女の芸術家の友人の多くは戦地に赴き、何人かは戻らなかった。3日前、キーウで彼女は戦線で命を落とした友人の葬儀に参列した。「誰もこの戦争から逃れることはできない」

歴史の証人

ジャンナ・カディロワは、創作活動を続けることで、「3年ではなく、300年にわたって攻撃されてきた」自分たちの文化を守るために抵抗し、命を危険にさらしている人々の声を代弁していると感じている。2024年、彼女は2010年代初頭に始めた陶芸作品のシリーズを再開することを決意した。それは円形の壁面彫刻で、道具を使ってひびを入れ、星座を思わせる抽象的なデザインを浮かび上がらせるという作品である。今日、「ショット」と呼ばれ、標的のように見えるこれらの彫刻は、彼女自身がカラシニコフ(自動小銃)で撃った銃弾の衝撃で破砕されている。それは彼女なりの「武器を取る」行為であり、戦争という現実の中に身を置きながら、作品制作を続ける手段なのだ。

「ジャンナは、芸術的意図を決して忘れることなく、この歴史的で悲劇的な瞬間の証言を巧みに表現しています。彼女の作品ではすべて、変わらぬ厳格さと美しさが描かれ続けているのです。ジャンナは、才能、勇気、誠実さのすべてを備えています。彼女は全身全霊を傾けて取り組んでいます」と、彼女のロシア人の友人で、パリに亡命したキュレーター、エレナ・ソロキナは言う。エレナは、ジャンナのキャリアの初期に、彼女とともにいくつかの展覧会を企画した。

彼女が写真シリーズ「Refugees」を制作するのには勇気が必要だったが、最近Galleria Continuaによってアート・パリで展示され、「Her Art Prize」の審査員は感銘を受けた。ジャンナ・カディロワは、これらの写真を通して、戦場の最前線に位置する学校、医療センター、図書館など、爆撃で破壊された公共施設を永遠のものとして記録したのだ。彼女はボランティアとして、これらの破壊された場所すべてに立ち入ることができ、その光景に衝撃を受けた。

共感を呼び起こす

ジャンナ・カロディワ、Her Art Prize
Refugees 17, Zhanna Kadyrova, 2024.

このアーティストは荒涼とした空間を発見し、廃虚のなかで、わずかな生活の痕跡を見つけた。地面に散らばった状態で放置されている鉢植えの植物だ。ジャンナはそれらを家に持ち帰って世話をし、その後、もともとの破壊された場所の画像とともに展示することに決めた。これらすべてには、植物たちに難民としての境遇について語らせる文章が添えられている。これは廃虚となった土地に新たな命を吹き込むための彼女なりの方法だ。パリのGalleria Continuaで個展を開催したばかりのジャンナは、新しい写真シリーズと「Resources」と題されたインスタレーションを発表した。ウクライナ軍兵士の制服の迷彩柄の生地で覆われた丸太は、「戦争に必要な主な資源、すなわち人間の象徴」である。

ジャンナにとって、彫刻とは肉体そのもの

彼女の作品はすべて人間を表現しており、共感を呼び起こすことを目指している。4月初旬にグラン・パレで受賞した「Her Art Prize」(賞金3万ユーロ)に加え、ジャンナはウクライナの最高芸術賞「シェフチェンコ国家賞」も受賞し、20年ぶりにこの栄誉を得た女性アーティストとなった。

この機会に受け取った、メダルやウォロディミル・ゼレンスキー大統領のスピーチ、その他の栄誉に加え、彼女は特権を手に入れた。キーウの墓地に「著名人」たちと並んで埋葬される場所が用意されたのである。ジャンナは紛争中のこの時期に、この贈り物を受け取ったことについての辛辣(しんらつ)な皮肉よりもむしろ、この贈り物を笑い飛ばすことを好む。たとえ生死が彼女の日常生活の避けられない一部であるとしても、彼女はウクライナ文化の存在と、今もなお立ち上がっているウクライナの人々の声の具体的な証拠として、自身の作品が注目を集め、賞賛を得ることを歓迎している。

芸術家であり兵士である彼女は、武器を置くつもりはない。

※元記事は仏版『マリ・クレール』誌に掲載された。

translation & adaptation: Akiko Eguchi

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