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<Cinema>延期された新作映画への想い

(c)2020「劇場」製作委員会

【8月27日 marie claire style】コロナ禍は映画界にも大きな影響を与えた。行定 勲監督は、新作2作が公開延期に。ネット配信など新たな試みを行うなかで、考えたこととは。

 延期されていた私の新作映画『劇場』が7月17日から公開されている。しかも、劇場公開と同時にAmazon prime videoで全世界に配信されているのだ。この取り組みは日本では初めてのことである。もちろんコロナ禍における救済措置に他ならないのだが、仕方なくそうなったわけではない。映画監督の私は、観客にはまず映画館の大きなスクリーンで観てもらいたいという想いを誰よりも強く持っている。だから最初は配信には前向きになれなかった。しかし、映画『劇場』の製作委員会からは、もともと公開するはずだった規模の公開を必ずしも延期した先で再現できないかもしれない、たとえスクリーンが確保できたとしても宣伝費を上乗せしないと映画館に観客を呼び戻せないという見解を聞かされた。これからも映画を作り続けようと思っている私は、製作側の痛手を少しでも補わないといけないのはわかるが、映画監督としては本作の公開を楽しみにしてくれている人たちに届くことを一番に考えたかった。そこで、劇場公開と同時に配信もするに至ったのだ。しかもただ配信するだけではなく全世界(最大で242ヵ国)に配信されるという驚きの展開に!これはコロナ以前には考えもつかなかったことだ。そういう意味でも、最初に描いていた規模の公開は叶わなかったが、映画『劇場』という作品にとっていちばんよい形を選択したつもりだ。

 ちなみに現時点での日本映画のルールでは配信という行為が先行または同時だと”映画”ではなくなり”オリジナルビデオ”という定義になるらしい。私はそこの部分でも悩んだ。主演の山﨑賢人と松岡茉優の凄まじい演技やスタッフの繊細な仕事が映画という評価に値しないのは不本意だったからだ。

 しかし、映画とは一体何なのか? 誰かがこれは映画でこれは映画じゃないなんて決めるのは馬鹿げている。映画は作った人間が映画だと思って作ったら映画だ。何よりも観客がこれは映画だと認めてくれたら映画だと思う。配信で作品を観て「これは大きなスクリーンで堪能したかった」と後で思う映画がある。そう思わせる時点で映画としての価値が観る者の中で決定づけられているのだ。

 そう考えると今、この映画『劇場』を観たいと思ってくれている観客に鮮度を持って届けたい。映画館のスクリーンで観てもらいたいのはやまやまだが、真夜中のリビングで出会ってもらってもいい。とにかく、非常事態に陥っている今、まずはこの映画を観てもらいたいのだ。

 山﨑賢人が演じる主人公の永田は、劇団「おろか」を立ち上げ、演劇で自分の表現を追い求めている若者だ。恋人の沙希に支えられながらも、演劇で才能を認められない苦悩を露わにしながらもがき苦しんでいる。2人の間には確かな愛があるのに、幸せになることを許されない。この誰にも経験のある息苦しさの中で、ぶつかり合いながらも夢を見る街・下北沢にしがみついて生きる男と女の物語を今だからこそ観てほしいのだ。このコロナ禍、演劇界は観客の前で芝居を観せることが厳しくなっている。この映画の永田のような若者たちが困窮しながらも演劇を諦めずに踏ん張っていることが、より一層、この映画を通して、その切実さを感じてもらえるのではないかと思っている。

 映画『劇場』に続いて、9月11日には『窮鼠はチーズの夢を見る』が全国ロードショーされる。こちらは通常通りの公開ができる予定である。ぜひとも今までにない、男と男の恋情のプロセスを堪能してほしいと思います。

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。『GO』(2001年)で日本アカデミー賞最優秀監督賞など、数々の映画賞を受賞。『世界の中心で、愛をさけぶ』(04年)が大ヒット。近年の作品に『ナラタージュ』『リバーズ・エッジ』などがある。『劇場』が全国劇場公開中、Amazon prime videoで全世界独占配信中。『窮鼠はチーズの夢を見る』は9月11日全国公開予定。


(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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