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<行定勲のシネマノート>第37回 『#ハンド全力』

(c)2020「#ハンド全力」製作委員会

【4月30日 marie claire style】私の故郷、熊本を舞台に若き日の愚かさと輝きを描いた青春映画が誕生した。監督を務めたのは『アズミ・ハルコは行方不明』や『君が君で君だ』などの若者の青春群像を描いたらピカイチの俊英、松居大悟だ。私は彼が監督デビュー当時から注目していた。とにかく今の若者の気分をビビッドに描く作風は映画のみならず「クリープハイプ」や「MOROHA」などのMVでも光っていた。

 松居監督が今回題材にしたのはハンドボール。昨年女子ハンドボールの世界選手権大会が熊本で行われ、日本でも知名度が上がってきている球技であるが、正直、サッカーやラグビーなどに比べればまだまだマイナーである。しかし、その地味さを逆手にとって、松居はハンドボールとインターネットを通してほろ苦くも胸に迫る青春映画に昇華させた。

 熊本県の仮設住宅で暮らすマサオは、つまらない毎日をSNSをやることで過ごしていた。ある日、転校していったハンドボール部員の親友が震災直後に撮った写真を、マサオは何気なく投稿する。すると、その復興に向けて頑張るスポーツ少年の勇姿に全国から続々と応援コメントが寄せられ「イイね!」の数がどんどん増えバズっていく。その注目度の凄さに舞い上がったマサオと幼馴染みの岡本は、「#ハンド全力」とつけて投稿を捏造しはじめる。その盛り上がりはマサオが密かに想いを寄せる女子ハンドボール部のエース七尾にも伝わり、それを聞きつけた男子ハンドボール部の部長にスカウトされ、マサオと岡本はハンドボール部に入部する。全国から注目が集まり、7人の部員が入部して廃部寸前の男子ハンドボール部が復活する。元々SNSのフォロワーを増やしたかっただけの不純なマサオだったが、最初の試合でこてんぱんに敗北して以来、なぜか悔しい想いが募っていく。マサオは地震以降に抱えていたモヤモヤした苛立ちを払拭するように、ハンドボールに向き合い、最後のインターハイ出場に挑もうとする。そんな時に、マサオはピンチに陥ってしまう・・・。

 これまでも監督の松居大悟は、福岡から東京へロックのライブを自転車で見に行こうとする女子高生を描いた『私たちのハァハァ』や、演劇の公演が中止になり、若者たちが諦めきれずになんとか舞台に立とうとする姿を全編ワンカットで描いた『アイスと雨音』など、現代の若者の鬱屈した想いとそこからの脱却を描いてきた。常にポテンシャルの高い若手有望株の俳優たちをキャスティングし、その魅力を存分に引き出す名手とも言える。本作でも子役時代から活躍してきた加藤清史郎や鈴木福、『天気の子』の醍醐虎汰朗、さらに蒔田彩珠、芋生悠といった注目の新進女優や、浅野忠信の長男である佐藤緋美など新鮮な才能たちが輝いている。復興の途上に立つ熊本を背景にインターネット時代の若者たちを描いているが、彼らの青春の愚かさを優しく支えている大人たちの在り方もよかった。田口トモロヲ、ふせえり、仲野太賀が演じた主人公の家族の脳天気さ、安達祐実の凜とした美しさや篠原篤の懐の深い先生。そして、志田未来の可愛いお色気も救いとなって際立っている。地震の痛みを乗り越えてきた熊本の人たちのある側面が、その寛容さからにじみ出ている。

■映画情報
・『#ハンド全力』
5月15日(金) 熊本 先行公開、5月22日(金)よりシネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
公式HP:http://handzenryoku.com/

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回佂山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』、18年は岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』が公開。待機作として『窮鼠はチーズの夢を見る』と又吉直樹原作の『劇場』が2020年公開予定。


(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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