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<行定勲のシネマノート>第28回 『ある船頭の話』

(c)2019「ある船頭の話」製作委員会

【9月12日 marie claire style】美しくも険しい風景の中を舟が行く。舟を漕ぐ年老いた船頭。流れに逆らいながら舟は行く。自然の中にある刹那・・・、雨、霧、夜明けの光、夕刻の陰り、暗い森の中、雪の風景、そして炎。人間の移ろう表情。その瞬間がきて狙っていた一瞬の刻(とき)をフィルムに収めることが映画監督の使命だ。それを逃すことなく、捉えたカットを丁寧に積み重ねた映画『ある船頭の話』は、オダギリジョーの驚異の長編デビュー作だ。

 揺るぎない自然を見事に捉えた素晴らしい映像の撮影は、『恋する惑星』や『ブエノスアイレス』などウォン・カーウァイ監督作品で知られるクリストファー・ドイル。黒澤明作品など世界で活躍するワダエミの年輪を感じさせる衣装の風合いの緻密さ。アルメニアの天才ジャズピアニスト、ティグラン・ハマシアンの叙情的な音楽。そんな匠の技をしっかりと映画に定着させる眼をオダギリジョーは持っている。

 人間が自然のままに暮らしを営んでいた時代の寓話だ。人が川の向こう岸に渡るために舟があり、それを渡す船頭がいる。しかし、近代化は進み橋が建設されることになる。人々は便利さに逆らえず、それと共に人の営みも人間性も変わっていく。そこに傷つき、赤い服を纏った少女が現れる。それを機に船頭の人生が狂っていく。橋ができると船頭はいらない存在になる。まさに「諸行無常の響きあり」。古のものになっていく船頭の哀切は、誰の心にも突き刺さるはずだ。人間は愚かにも文明の進化に流され変わっていく。そこに無情を感じ、この映画は警鐘を鳴らす。

 船頭の言葉にならない佇まいと表情で人間の魂を可視化させるのは名優、柄本明。船頭が舟を漕いで向こう岸まで渡す人々を演じる俳優たちが豪華で楽しい。草笛光子、橋爪功、村上淳、永瀬正敏、細野晴臣、蒼井優、浅野忠信。そして、特筆すべきロケーションは新潟県の阿賀の自然である。苔むし、草が生え、岩肌の削れた岩場がいい。そこに船頭の住む小屋が建てられている。窓越しから鮮明に見える湖面には、深い森が鏡のように映る。岸に横たわる巨大な倒木も印象的だ。自然をそのままに味方にして撮った部分と、作り手たちの持ち込んだ創作物とが同居しているが、その境界がわからないくらいリアルである。そのバランスの絶妙さに、作り手たちの映画を撮る姿勢を見る。

 自然の摂理と向き合って生きてきた船頭を通して、生きるという人間の根源を描いた素晴らしい映画だった。

■映画情報
・『ある船頭の話』
9月13日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回佂山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』、18年は岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』が公開。待機作として『窮鼠はチーズの夢を見る』と又吉直樹原作の『劇場』が2020年公開予定。

■関連情報
・ある船頭の話 公式HP:http://aru-sendou.jp
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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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