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<行定勲のシネマノート>第26回 『帰れない二人』

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【8月29日 marie claire style】ジャ・ジャンクー監督の映画は、時の移ろいの中に残酷にも取り残されていく人々が描かれる。新作『帰れない二人』にも、時の流れの中で変わっていかざるを得なかった男と女の愛のカタチが描かれている。

 ヤクザ者のビンは、恋人のチャオを含めた仲間たちと偽りのない結束を誓う。「俺たち渡世人はいつか殺される」と言うビンは、裏社会で頭角を現すと命を狙われるようになる。ある夜、若者の不良集団に襲われたビンを助けるためにチャオは銃を撃って威嚇しビンの命を救う。チャオは禁固刑を食らうがビンは面会にも来なかった。出所したチャオはビンの心変わりを知る。それでもチャオはビンに会って直接別れの言葉を聞きたかった。ビンと再会したチャオは「一緒に帰ろう」と言うが、それに応えられないビン。お互いを想い合いながらもチャオとビンの心はすれ違い、別離の道を選ぶのだが・・・。本作はフィルム・ノワールのスタイルをとりながらも、まさに男と女のどうしようもなさを描いたラブストーリーであった。 

 ジャ・ジャンクーは紛れもなく現代中国を代表する映画監督である。彼の長編デビュー作『一瞬の夢』以来、私はずっと刺激を受けてきた。それまで日本で公開される中国映画は時代劇か革命についての映画、もしくはカンフー映画が主流だった。しかし、ジャ・ジャンクーの映画は中国の発展の裏で僅かな夢や希望を渇望する若者の存在を浮き彫りにした現代劇で、今までの中国映画とは違うリアリティーのあるスタイルで真実を描いてきた。特に17年前に公開された『青の稲妻』(2002)に私は衝撃を受けた。中国の地方都市。WTO加盟と2008年のオリンピック開催国決定に歓喜する中国を背景に、30歳まで生きられればいいと未来を悲観する無気力な若者の行き場のない閉塞感を鮮烈に描いた作品だった。そのどん詰まりの在り方が現代中国の影を濃くしていた。国は明るい未来がいかにもあるように振る舞うが、実際の若者たちはそれを享受することなく抗う。不安定な中国社会を底辺から描くことで現代中国を炙りだす監督の視野。常に中国という国を意識しながらも、社会性を押し付けることなく主人公たちの日常が自然と描かれているところが素晴らしかった。『帰れない二人』は、まさに『青の稲妻』の時代から現代までの大きく揺れ動く中国の中で力強く生きていく女の姿を描いている。昨年、福岡アジア文化賞を受賞したジャ・ジャンクー監督を祝う市民フォーラムの時に、『青の稲妻』の未使用場面のフィルムを織り交ぜて編集したという本作の裏話を聞いた。彼は授賞式のスピーチの中で「映画監督とは人類の情報を伝える使者だと思っている。映画を通して、変化していく世界における個人の運命を描き続けたい」と語っていた。まさに『帰れない二人』は時代に流されることなく、逞しくぶれずに生きる女の生き方を描いた傑作である。

■映画情報
・『帰れない二人』
9月6日(金)よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

■関連情報
・帰れない二人 公式HP:www.bitters.co.jp/kaerenai
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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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