×

<行定勲のシネマノート>第26回 『ドッグマン』

(c)2018 Archimede srl - Le Pacte sas

【8月21日 marie claire style】『ゴモラ』や『リアリティー』で、カンヌ国際映画祭で2度の審査員特別グランプリを受賞したイタリアの鬼才マッテオ・ガローネ監督最新作『ドッグマン』は、ハラハラさせられ全く先が読めない映画だった。まず主人公の男が何を考えているのか全くわからない、感情移入は皆無。男の行動原理が全く説明されることなくストーリーが進んでいくから、観客は次の展開を予想しながら彼の行く末をただ見守るしかない。しかし、予想を裏切られ続けるのは必至で、そこに私ははまってしまった。

 主人公のマルチェロは、愛想はいいがろくでなしな男。イタリアの海辺の寂れた小さな町で犬のトリミングサロンを経営している。彼には別れた妻との間に可愛い娘がいる。どうしようもない父親だが、娘はマルチェロになついていて2人でスキューバダイビングに行くのを楽しみにしている。うだつの上がらなさそうな男だが、彼はドッグショーで入賞し、トリマーとしてはなかなか腕があるようだ。そんなマルチェロには、暴力にものを言わせている町の厄介者のシモーネという巨漢の友人がいる。悪事に巻き込もうとするシモーネの誘いを断れずに彼の尻拭いばかりしているマルチェロ。何とも不可解な関係だ。マルチェロはシモーネに危うい計画に誘われるが、嫌がりながらも結局は金に釣られて企みに乗ってしまう。その結果、マルチェロの人生が逸脱していくという不条理な、独自性の強い映画だった。

 とにかくマルチェロが愚かでイライラさせられる。なぜ、自分の生活を害する者とわかっていても、それを排除できないのか理解できない。主人公がしがみついて生きる町の存在が不気味で、その集落に生きるしかない男のあわれが描かれる。

 この映画の根底には、豊かな生活への憧れや唯一の希望である娘との絆が描かれている。しかし、それが美化されることなく、堅実なだけではいられない主人公の自堕落な本質も描かれ、そこにリアリティを感じさせるところが見事だ。人間は割り切れるものではないという、その曖昧な感情と人間の愚かさを表現しているところにこの映画の匂いがある。

 特筆すべきは、海沿いのゴーストタウンにも見えるようなロケーション。この不可解な人間関係や物語はこの町から発想されたのではないかと思えるほど独特な世界観を醸し出していた。園子温監督の『冷たい熱帯魚』を想起させるような閉塞的な世界。

 映画は説明的にシーンを描き、観客に伝えたいテーマをわかってもらおうと表現してしまいがちだが、わからないことが多いと逆にその本質を理解しようと観客の方から引き込まれていくものだと思う。『ドッグマン』はまさにそういう映画で、最後の最後まで目を離せなくて面白かった。

■映画情報
・『ドッグマン』
8月23日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次ロードショー

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

■関連情報
・ドッグマン 公式HP:http://dogman-movie.jp
【無料ダウンロード】marie claire style PDFマガジンをチェック!
(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

リンクを
コピーしました