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<行定勲のシネマノート>第25回 『パラダイス・ネクスト』

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【7月25日 marie claire style】台湾映画の巨匠ホウ・シャオシェン監督の『フラワーズ・オブ・シャンハイ』に音楽監督として参加したことから映画界に進出し、その後も数多くのアジア映画の音楽を担当してきた半野喜弘が脚本と監督をした映画『パラダイス・ネクスト』は、全編台湾で撮られた意欲作だ。ホウ監督のほかにジャ・ジャンクー監督などアジア映画の音楽を手がけ、台湾・中国映画の一部となった半野監督だからこそ、このエキサイティングな座組みが成立したのだと思う。台湾映画の血を通わせた半野監督は、妻夫木聡と豊川悦司という2人の日本の名優と共に国境を超え、叙情的なハードボイルド映画を完成させた。

 牧野(妻夫木聡)という謎の男が台北を訪れ、島(豊川悦司)というヤクザに会いに行くところから物語は始まる。2人は日本のヤクザ組織に追われ、その逃亡の途中でひとりの台湾人の女と出会う。その女、シャオエンは驚くことに牧野と島に大きく関わっていた女に瓜二つだった。シャオエンは行き詰まった2人の男に「楽園はあるの?」と問い、そのあるかもわからない場所を一緒に目指そうと言う。やがて生と死の狭間を行きかう男たちのもつれた関係の糸がほどけていく。

 極力説明を省いた脚本は、観る者に解釈の幅を与える。叙情的で陰影に富んだ映像は、台湾東部に位置する花蓮という海沿いの街の、湿度を纏った南国の憂鬱な空気を見事にとらえていた。その素晴らしいロケーションに坂本龍一の荘厳な音楽が重く響き、人生の断片を色濃くしていく。前作『雨にゆれる女』もそうであったように、一見生々しい映画にミステリアスな要素が加わるのが、半野監督の独特な世界観だ。映画の中にはいくつかの謎がちりばめられている。左目が濁った男の存在とは? その男がタイプライターを空打ちしているのは何を示唆しているのか?そんな謎が映画の枠組みを破壊し、観る者の想像を自由に広げていく。人生の停滞する時間を描く映画が私は好きだ。死を前に生き延びていく男たちの切なさに、私の台湾への憧憬が重なり感情を揺さぶられる。

 死への恐怖と生きていくことの不確かさを見事に演じる妻夫木聡。寡黙に言葉で語らず佇まいと視線で演じる豊川悦司の凄み。そして、台湾の実力派女優ニッキー・シエの可憐さと輝きは眩しいばかりだ。

 スタッフクレジットにユー・ウェイエン(エドワード・ヤン監督作品の名プロデューサー)の名前があることに驚いた。超一流の台湾のスタッフが集結し、この映画を支えているのがわかる。台湾映画に最も影響され長年台湾で撮影するのを夢見てきた私にとってこの映画は、贅沢で嫉妬するほどに豊かなものだった。半野監督は、ある意味カルト映画ですよと言っていたが、私には人生の果てを描く青春映画に思えた。解釈を観客に委ねているところが半野喜弘の映画愛だと私は受け止めた。

■映画情報
・『パラダイス・ネクスト』
7月27日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

■関連情報
・パラダイス・ネクスト 公式HP:http://hark3.com/paradisenext/
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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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