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<行定勲のシネマノート>第21回 『幸福なラザロ』

『幸福なラザロ』4月19日(金)よりBunkamuraル・シネマ他にて全国順次ロードショー(c)2018 tempesta srl · Amka Films Productions· Ad Vitam Production · KNM · Pola Pandora RSI · Radiotelevisione svizzera· Arte France Cinéma · ZDF/ARTE

【4月10日 marie claire style】独裁的に小作人の村人を囲う領主の侯爵夫人。その小作人たちの生活はまるでエルマンノ・オルミ監督の『木靴の樹』を彷彿させるような世界観で描かれる。私はすっかり、これは過去を描いた映画なのだと思いながら観始めたが、やがて描かれているのは現代であることがわかってくる。時代がさらに進んでいくことが重要な鍵になっていくのだが、一時も目が離せない展開に時間を忘れて最後まで観てしまった。映画『幸福なラザロ』はかつてのイタリアン・ネオレアリズモの思想を踏襲しながら、現代のイタリア社会を批評する重厚な映画だった。しかも、ミステリーの要素もファンタジーの側面も兼ね備えていて、それが寓話として描かれているところが個性的である。そんな器の大きな革新的映画を作り出したのがアリーチェ・ロルヴァケルという37歳の若い女性監督だということに正直驚きを隠せない。この驚異のオリジナル脚本は、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞している。

 物語は20世紀後半、イタリアの小さな村で小作制度の廃止を隠す侯爵夫人に騙され囲われている村人たちとラザロ。彼らは社会から隔絶されながら純朴に生きていた。侯爵夫人の息子、タンクレディが起こす誘拐騒動で、その村の人々が詐欺にあってとらわれていたことが明るみに出て、彼らは解放され外の世界を知ることになる。現代社会に突然、放り出される村人たち。そして、ラザロにある事件が起こる。

 この映画のテーマはロルヴァケル監督が感じる文明批評が元になっているのは明瞭である。この脚本は実際に起こった詐欺事件に着想を得たようだが、文明の進化も知らずに生きてきた村人たちが自給自足の時代に戻りたいと思う心情に駆られるところに、現代社会の歪みが浮き彫りにされる。監督自身が生きている時代は文明が急速に変貌していった時代、だからこそ自分を取り囲む世界の愚かさに敏感だったのではないだろうか。

 とにかくキャスティングが素晴らしい。人を信じる純心さを表現する澄んだ瞳の輝きと現代人らしくない肉体(手脚が短く身体もぽってりとして太い)を持って演じる、ラザロ役のアドリアーノ・タルディオーロの異様さがすごい。演技経験のない彼が演じた無垢な姿に心を動かされるのは必至である。私は、後半に教会から音楽を奪う場面で涙が溢れ出し、改めて映画ってすごいなと素直に感動した。見たこともない映画表現で社会を批評するこの映画に最大級の敬意を払いたい。文明に毒されている人間の愚かさや生きることの虚しさが、無垢なラザロの目を通して描かれる。本年度最高の一本と確信している。

■映画情報
・幸福なラザロ
4月19日(金)よりBunkamuraル・シネマ他にて全国順次ロードショー

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

■関連情報
・幸福なラザロ 公式HP:http://lazzaro.jp/
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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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