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<行定勲のシネマノート>第4回 アカデミー賞

(c)Getty Images

【3月29日 marie claire style】昔からアカデミー賞を観るのが好きだった。授賞式当日には、テレビの前に座って生中継をかぶりつきで観ていた。ハリウッドの映画スターやスタッフたちがタキシードやドレスを纏い、誇らしげな表情でレッドカーペットを歩くその華やかな姿を見ているだけでワクワクしてくる。

 アメリカのアカデミー賞は、ハリウッドの映画関係者であるアカデミー会員が最高の仕事をしたスタッフや俳優たちに投票し表彰する。ようは同業者が同業者の仕事を賞賛し、その年の一番優れた才能を認める行為が尊く感じられるから素晴らしいのだ。そこで認められた受賞者にとってはかなり嬉しい賞であるはずだ。選ばれた受賞者には”オスカー”という24金でメッキされた裸の男の像が授与される。そのオスカー像は3.86kgもあってかなり重たい。その重さにこそ賞の重みが感じられるのだろう。

 私がアカデミー賞で楽しみにしているのは受賞者のスピーチである。どのスピーチも映画愛に満ちていて、同じ映画人として勇気を与えられたり生き方を示唆されたりする素敵な言葉に出会えるのだ。これまでも受賞スピーチの名言に何度も心を動かされた。忘れられないのは1990年の第62回で、日本映画の巨匠・黒澤明監督が名誉賞を受賞したとき。ジョージ・ルーカスとスティーヴン・スピルバーグが「現役の世界最高の監督です。”映画とは何か”に答えた数少ない映画人の彼にこの賞を贈ります」と紹介し、黒澤明をステージに呼び込んだ。明らかにルーカスやスピルバーグより大きな黒澤監督が壇上に立つと、客席はたちまちスタンディングオベーションになった。黒澤は感謝の辞を述べると最後に「私はまだ映画がわかっていない」と言ったのだ。映画史に残る作品を数々作り上げてきた黒澤明の映画への敬意の言葉には、世界中のフィルムメーカーが背筋を伸ばしたにちがいない。

 華やかで賞賛される場面ばかりではない。1999年の第71回で名誉賞に選ばれた『波止場』や『エデンの東』などの監督エリア・カザンがマーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロに呼び込まれたとき、メリル・ストリープやウォーレン・ベイティが立って拍手する姿をカメラは映し出したが、次に映し出したのは憮然と拍手もせず座ったままのニック・ノルティやエド・ハリスの姿だった。かつてエリア・カザンは50年代にあった赤狩りの時代に、共産主義者である同業者を密告したという汚名があったのだ。カザンは自分の仲間を売った男なのだ。しかし、作られた映画には罪はないと才能を讃えることに真っ直ぐに向き合うマーティン・スコセッシの在り方には考えさせられた。過去に何があったとしても傑作映画は私たちに感動を与え続ける。映画には罪がない、その本質は揺るがないのだという映画原理主義的な考えに感動したのだ。

 2009年の第81回、『ミルク』でショーン・ペンが主演男優賞を受賞したとき、彼は同じく『レスラー』でノミネートされていたミッキー・ロークに向けて、「これは、本当はきみのものだ」と言ってライバルの素晴らしい演技を讃えたのだ。単に優劣を決めるのではなく、素晴らしい才能を持つ者同士がリスペクトし合う姿は美しい。そして、未来を担う映画人を育て、支えてきた才能に敬意を示す。だからアカデミー賞を観て私は何度も涙するのだと思う。

『スリー・ビルボード』『シェイプ・オブ・ウォーター』『ファントム・スレッド』など、今年も傑作が肩を並べ輝き合う眩しい光景が私たちの目に映ることだろう。

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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