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【私と銀座の物語】歌舞伎と銀座に流れる伝統と革新の精神。歌舞伎俳優 八代目尾上菊五郎

今年5月に尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎を襲名。歌舞伎座のある銀座では、物心ついた頃から長い時間を過ごしてきた。襲名披露公演で各地を巡る今の気持ちと、銀座の街への思いを語る。

尾上菊五郎
八代目尾上菊五郎(撮影:岡本隆史)

息子とともに襲名を迎えて

「最近ようやく、『八代目』と呼ばれると『自分のことなのだ』と思えるようになりました。毎日、八代目としてどうあるべきかを考えます」

ご子息も尾上丑之助改め六代目菊之助を襲名した。

「2人で頑張ることが私の励みになっていますね。音羽屋の伝統を受け継いでいくというモチベーションにつながります」

「六月大歌舞伎」では「ティファニー」が祝幕「菊富士曙」をサポート。夜明けを表すティファニーブルーのグラデーションを背景に、富士の嶺のような白菊が開花し、公演を彩った。

「伝統と革新をテーマに、日本のよさを世界に発信する祝幕を作っていただいて本当に感謝しています。歌舞伎は江戸に始まり、その時代の役者が技芸を磨いてきました。今、令和という時代に襲名をさせていただいて、代々の菊五郎がつないできた伝統と革新の精神を忘れずに歌舞伎界に貢献していきたいと思います」

楽屋の風景や思い出の味

銀座は自身を育ててくれた街だと語る。幼少の頃から歌舞伎座に通った。

「初舞台より前に、父や祖父の楽屋に遊びに行っていました。4歳ぐらいでしょうか。客席は華やかで、いろいろな芝居が繰り広げられるのだとわくわくしましたが、舞台の裏には子供が立ち入ってはいけない危険な場所もあります。華やかさと緊張、表と裏がある場所、という印象でしたね」

自宅と銀座を往復する日々のなか、遊びながら学んだと振り返る。

「(市川)團十郎さんと楽屋を走り回っていました。先輩方の舞台を見て芝居ごっこをしたり。子供の頃は舞台に出ると、銀座にある金太郎というおもちゃ屋さんでご褒美を買ってもらえて。金太郎の包みを見るだけで嬉しかったのを思い出します。尾上流(日本舞踊)のお稽古場も銀座にありますので、学生時代は学校が終わると電車に乗って通っていました」

思い出の味もさまざまある。

「YOUのオムライス、銀之塔のシチュー、ナイルレストランのカレーは、 “三種の神器”です。お着物や履物などもみんな銀座のお店にお世話になっていますね」

『弁天娘女男白浪』(撮影:岡本隆史)

新しいものも伝統の一部に

初代の歌舞伎座が誕生したのは1889年。空襲など災禍を乗り越え、2013年に第5期となる現在の歌舞伎座が開場した。銀座と歌舞伎はともに伝統と革新を重んじてきたと語る。

「銀座は古きよきものを残し、新しいものも取り入れていく街です。近年に建った綺麗なビルも伝統の一部となって街を華やかにしています。銀座への安心感は揺らぎません。歌舞伎も一緒で、古典演目を大事にしつつ、新作も生み出す。新作歌舞伎は、先人の知恵をいただきつつ、後世の人たちに古典を知っていただくための試みです。ブラッシュアップしていくなかで、やがて古典となっていきます」

自身も古典の継承に力を注ぎながら、『マハーバーラタ戦記』『風の谷のナウシカ』『ファイナルファンタジー X』など新作歌舞伎を生み出してきた。

「上演が途絶えている古典を復活させたいと思っていますし、同時に新作も準備中です。新しく作り上げるのに4、5年はかかりますね」

今、歌舞伎界を描いた映画『国宝』が大ヒット中だ。吉田修一による原作小説のオーディブル版でナレーターを担当している。

「『国宝』を通して、歌舞伎は『守る』『見いだす』『育てる』の3つの概念で成り立っていると改めて感じました。その家に生まれた者は、先人たちとの比較のなかで、自分には何ができるのかを考えながら技芸を磨きます。よく『抜擢(ばってき)』という言葉が使われますけれども、それは芝居への思いや芸に対する姿勢、人間性も含めてその人を見いだし、育てていくということ。血筋かどうかではなく、歌舞伎を慈しむ心と育てる環境が歌舞伎全体を支えているのだと思います」

12月、京都・南座では、『国宝』の中でも印象的な『鷺娘』を舞う。六世菊五郎が、バレエの『瀕死の白鳥』に影響を受けて作り上げた演目だという。映画をきっかけに初めて劇場を訪れる人たちもいるだろう。 「歌舞伎を観るのに勉強はいりません。大まかに筋をつかんで観ていただければ、自然と言葉も入ってきますし、色彩や音楽を楽しめます。気軽に足を運んでいただければ幸いです」

関連情報

Profile

八代目尾上菊五郎

1977年生まれ。立役、女方の両方で活躍。映画やドラマにも多数出演する。12月、京都・南座で、六代目尾上菊之助襲名披露「吉例顔見世興行」に出演。

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