日本人シェフの店がアワードで次々快挙。スペイン・バスク地方は山奥ほど面白い!?

薪火(まきび)料理の超名店、アサドール・エチェバリで長年スーシェフを務めた前田氏が独立し、オープンさせた店が今回の舞台
美食のエリアとして世界一名高いと言っても過言ではないスペイン、バスク地方。ビルバオやサン・セバスティアンでピンチョス(小皿料理)を食べ歩くバル巡りは、既に日本人の間でも有名な観光スタイルになっているが、今回紹介するのはビルバオから車で40分ほど行った山奥にある一軒の小さなレストランだ。

薪火(まきび)料理の超名店、アサドール・エチェバリで長年スーシェフを務めた前田氏が独立し、オープンさせた店が今回の舞台
美食のエリアとして世界一名高いと言っても過言ではないスペイン、バスク地方。ビルバオやサン・セバスティアンでピンチョス(小皿料理)を食べ歩くバル巡りは、既に日本人の間でも有名な観光スタイルになっているが、今回紹介するのはビルバオから車で40分ほど行った山奥にある一軒の小さなレストランだ。
お店の名前は「TXISPA(チスパ)」。キッチンを指揮するシェフは、日本人の前田哲郎氏である。2023年5月に開業し、約半年後にはミシュラン一つ星を獲得。これは日本人シェフがスペインで星を取るまでの期間として最短記録だという。また最近ではミシュラン同様に影響力のあるランキング「世界のベストレストラン50」でも、最新版(2025年6月発表)ランキングにて85位に選出される快挙を達成し、バスク地方でも指折りの新星として注目を集めている。

チスパとは、バスク語で「火花」を意味する。チスパは文字通り「火」を大切にしたレストランで、“薪火料理”というジャンルにカテゴライズされる。薪だけでシンプルに加熱するプリミティブ(原始的)な調理法だが、温度の幅が広すぎるため非常に難易度が高いと言われている。一方でスキルと経験があれば意のままに火入れできるのがメリットで、食材の持つポテンシャルを最大限引き出すことができる。ただし、設備のスペースや排煙、消防法などの関係で、ビルバオなどの都会ではなかなかお目にかかれない。
またチスパはレストランの裏手に自家農園を所有しており、自分たちが必要とする最適な量、部分、タイミングで無駄なく使えるよう、野菜やハーブなどの食材を自ら育てている。これもまた郊外のレストランならではの強みであり、私が「バスクは山奥ほど面白い!?」のではないかと感じている理由でもある。
ちなみにチスパという単語には、「火花」以外に「ひらめき」という意味もある。これもまた、前田氏が料理と向き合う際に大切にしていることのひとつ、すなわち料理へのアイデアや独創性を表したもの。卓越した薪火技術、厳選されたバスクの食材、そしてそこに日本人シェフ前田哲郎氏のアイデアが加わったチスパの世界。それではいよいよ、その扉を開いてみよう。

チスパの料理は、基本ランチのテイスティングコース(275ユーロ、税込み・ドリンク別)の一択のみ。開始時間は全ゲストとも13時と決められており、店に到着するとまず、テーブルではなくレストラン手前のホール(夏場は屋外テラス席)に通され、アミューズが提供される。
その後、いよいよテーブルへ……と思ったら、案内されたのはなんと厨房横のスタンディングスペース。そこでいただくのは、たこ焼き風クロケッタの「タコケッタ」や、キハダマグロのたたきをライスクラッカーに載せた「バスク風寿司」など、前田氏の創意工夫がいかんなく発揮されたフィンガーフードの前菜たち。ここで使っている醤油(しょうゆ)や味噌(みそ)、お酢、日本酒などは、すべて自分たちで仕込んだものだという。
前菜を指でつまみながら、キッチンでシェフを囲み、ワイワイと立ち飲み。ミシュラン星付き店ながら、まるで友人宅に招かれたような感覚がなんとも心地よい。入店前は多少の緊張感もあったが、ここで前田氏をはじめとしたスタッフたちとの距離感も、一気に縮まるのが感じられた。


キッチンで3品ほどいただいたら、いよいよダイニングルームに移り、テーブルに着席してコース再開となる。ここでも食事が運ばれてくるたびに、部屋の中央に前田氏が登場し、丁寧に料理の解説をしてくれる。ちなみにチスパにはフロア、厨房含め多くの若い日本人スタッフが働いており、ソムリエールの方も日本語で丁寧に説明してくれ、ペアリングの相談にも気軽に乗っていただけてありがたかった。
すべての写真を掲載することはできないが、ひよこ豆の豆腐に載せられた昆布締めキャビア、ヤギのミルクで仕上げた焼き牡蠣(がき)、自家製の麹(こうじ)でマリネした牛タンなど、怒涛(どとう)のごとく日本人シェフならではの“ひらめき”が発揮された料理が続く。他の国のゲストたちも、これまで見たこともない料理への関心からか、前田氏の話をじっと聞いていたのが印象的だった。

これまでも素材を生かしたシンプル(だがとてつもなく丁寧)な料理が続いてきたが、コースも後半戦へと差し掛かると、その傾向はますます顕著になってくる。皿の上に2匹並んだだけのパラモス産の赤エビは、頭を下、尾を上にしてゆっくりと薪火で焼きあげることで濃厚な味噌が詰まった状態で運ばれてくる。ここはいったん上品に食べることは忘れて、エビの頭を剥(は)がして中の味噌を残らず吸い込んでみてほしい。コクのある旨(うま)味と苦味が口内に広がり、なんとも幸せな瞬間。もちろん身のほうもプリッとした歯応えと甘みが絶妙で、強烈に記憶に残るひと皿となった。
また初夏に収穫時期を迎える高級食材、涙豆も惜しみなく皿に盛り付けられて登場。別名グリーンキャビアと呼ばれるだけあり、滋味深い味わいと、プチプチとした食感でスプーンが止まらなくなる一品だ。豆には薪火で香ばしい香りがつけられており、その下に敷き詰められたアサリ出汁が利いた茶碗蒸しとの相性も抜群だった。

薪火での火入れ、最旬の食材、そして前田氏のひらめき。そんな三重奏をここまで存分に味わってきたわけだが、最後のグランドフィナーレとも言うべきメイン料理が、骨付きリブロース肉のステーキ「チュレタ」である。
この日は、150〜160日は熟成させたというガリシア州産のステーキ肉を使用。ここでも絶妙な火入れ技術が披露され、外はカリッと香ばしく、中は美しいまでにレアに焼き上がっていた。閉じ込められた肉の旨味と甘みが、噛(か)むたびに肉汁とともに次々と滲(にじ)み出る……。チスパでのコースの終わりを惜しむかのように、最後の一切れまで噛み締めていただいた。
噂(うわさ)に違(たが)わず、感動の連続だったチスパでの食体験。チェックインからデザートを食べ終えるまで、既に4時間以上が経過していた。日本から直行便もないバスク地方で、さらに人里離れた山奥のレストラン。それでも行く価値はあるかと聞かれたら、答えは即答でイエス。せっかくのバスク地方での美食体験が、ビルバオやサン・セバスティアン止まりでは、それは非常にもったいないとさえ言える。チスパを知ってこそ、「バスクは山奥ほど面白い!!」と確信を持って言えるはずである。


もうひとつチスパと合わせておすすめしたいのが、チスパから徒歩15秒のホテル、MENDI GOIKOA BEKOA(メンディ・ゴイコア・ベコア)だ。細い通りを隔てたすぐ向かいにあり、もともとチスパの建物もこのホテルのものだった。チスパでアルコールを楽しんだ方は、その日のうちに急いでビルバオやサン・セバスティアンに帰ろうとせず、このすぐ隣のホテルにゆっくり泊まり、チスパでの記憶や思い出を最大化してはどうだろう?
何よりメンディ・ゴイコア・ベコア自体、非常に素晴らしいホテルだ。星は二つ星だが、それは単に設備の話。バスクの伝統的なカセリオ(農家住宅)の趣ある雰囲気の中で滞在できるのは都市部では不可能だし、何より魅力的なのはその眺望。高台にあるためガーデンからはアサドール・エチェバリのある村を見下ろし、背後には標高約1331mのアンボト山がそびえる。早朝には朝靄(あさもや)がかかり、非常に幻想的な光景を見せてくれる。
実はミシュランガイドに紹介されるほど、付属のレストランにも定評があるメンディ・ゴイコア・ベコア。さすがに夕方までチスパで食べていたので夕飯は控えたが、翌朝になれば満腹だったおなかも不思議とリセット。エッグベネディクトやパンケーキなどからメインを1品選び、さらに生ハムやヨーグルト、フルーツ、グラノーラなど豪華な朝食の内容で、清々(すがすが)しい朝を迎えられることだろう。
photo & text: Keiichi Izawa
(取材協力:スペイン大使館観光部)
・バル巡りの聖地「バスク地方」でスペインの新たな魅力と出会う
・街を歩き、人と触れ合い、美食と出会う食文化で体感するスペイン
チスパ
https://txispa.com/
メンディ・ゴイコア・ベコア
https://mendigoikoabekoa.com/
伊澤慶一(いざわ・けいいち)
トラベルエディター。旅行ガイドブック『地球の歩き方』編集部にて国内外のガイドブックを多数手がけ、2017年に独立。現在は、雑誌のホテル特集ページ制作を手がけたり、「ワーケーション」や「ステイケーション」をテーマに連載記事の執筆、また自らのSNSで日々おすすめのホテル情報を発信したりしている。
Instagram:@izawakeiichi
リンクを
コピーしました