進化を続けるアルゼンチンワイン【三澤彩奈のワインのある暮らし】
2025.2.18
山梨県の中央葡萄酒の醸造責任者として、豊かな自然の中で日々ブドウの栽培と醸造に向き合い、「甲州」の名を世界に広める三澤彩奈さん。今回は1月に訪ねたアルゼンチンとワインについてつづります。
2025.2.18
山梨県の中央葡萄酒の醸造責任者として、豊かな自然の中で日々ブドウの栽培と醸造に向き合い、「甲州」の名を世界に広める三澤彩奈さん。今回は1月に訪ねたアルゼンチンとワインについてつづります。
2番目というのは、意外と世の中で知られないものです。七大陸最高峰の中でエベレストに次いで2番目に高い山「アコンカグア」はアルゼンチンのメンドーサに位置しています。アンデス山脈に連なり、標高6960mを誇ります。
メンドーサと言うと、アルゼンチンワインの約7割を生産する、この国随一のワイン生産地でもあります。先日、メンドーサを訪ねる機会がありましたので、今回の連載ではアルゼンチンワインについて紹介していきたいと思います。

国際ブドウ・ワイン機構が公表している2024年の統計によれば、アルゼンチンのワイン生産量は、イタリア、フランス、スペイン、アメリカに次いで世界第5位にランクされる見込みです。日本でなじみのあるチリと並び、南半球最大規模のワイン産地です。

今から15年ほど前、私は、南半球と日本を行き来しながらワイン造りの修業を続けていました。ブドウを収穫できるのは1年に一度です。つまり、ワイン造りは、1年に1度しか経験することができません。
日本では珍しいかもしれませんが、世界では、多くの醸造家の卵たちが季節の巡り合わせを利用し、北半球と南半球を行き来しながら、ワイン造りの経験を重ねています。私自身も、まだ駆け出しの醸造家だった頃、北半球から南半球に飛ぶことで、一年を通して、農繁期と醸造期である夏と秋を繰り返す生活を6年間送りました。その生活を終え、日本で桜を見たとき、また、梅雨の時期に雨にぬれるブドウ畑の花崗(かこう)岩を見て美しいと感じたときの感動は今でもはっきり覚えています。
さて、アルゼンチンワインの中でも最も重要な品種とされているのがマルベックです。フランスのボルドーやカオールなどの産地で栽培されていた赤ワイン用の品種ですが、現在はアルゼンチンが最大の生産地となっています。

私がアルゼンチンで修業をしていた「カテナ・サパタ」は、マルベックの雄として知られるワイナリーでした。
アルゼンチンに渡る2年前、私はオーストラリアで修業を積んでいました。働いていたワイナリーで偶然手に取ったワイン専門誌「Decanter」の中で、年間の最優秀ワイン醸造家に選ばれていたのがカテナ・サパタのオーナー、ニコラス・カテナ氏でした。カテナ家に代々伝わるマルベックへの思いは、規模は違っても甲州に懸ける私たち一家とリンクし、いつかここで働いてみたいと思ったものでした。

その願いは2年後に聞き届けられることとなりました。アンデス山脈の麓、標高800mから2000mに点在するブドウ畑はたくましくも美しくもあり、標高の高い畑から生み出されるマルベックが併せ持つ繊細さと力強さのコントラストは、今まで経験したことのない味わいで私の心を打ちました。
世界各地のワイナリーで働く機会に恵まれましたが、アルゼンチンを含むワイン新興国の面白さは、まさにヨーロッパに分布するワイン伝統国の盲点を突くところでした。アルゼンチンのマルベックもその一例と言えるのではないでしょうか。私自身が留学していたフランスのボルドーでは、主要品種を補う補助品種としてブレンドされることが多い品種でしたが、アルゼンチンでは、マルベックを研究し、単一品種で仕込み、独特のスタイルを確立しました。

修業をしていた当時の上司や同僚の多くは、それぞれ他のワイナリーに転職したこともあり、今回の旅では、彼らを訪ねながら新しい技術も勉強させていただきました。
例えば、赤ワインを発酵する際に行う攪拌(かくはん)作業は、通常は手作業か、もしくはポンプなどを使用します。今回の旅では、かつての上司が醸造家を務めるワイナリー「Los Haroldos Bodega & Vinedos」で、フィルターをかけた圧縮空気をタンク内に送ることでタンク全体の攪拌に成功し、作業の効率化を図っている場面を見学しました。それぞれの品種や収穫年に合わせて、攪拌時間は異なるとのこと。「ブドウの状態は毎回違うから、新しい技術は、何度も何度も試して、やっとしっくりくるところが見つかるよね」とかつての上司が言う言葉に、海外で働いていた時の自分自身を思い出します。新しい機械や技術を習得するのはとても新鮮でしたが、それを自分のものにするのには時間がかかりました。それでも、技術者として試行錯誤の時間はとても楽しいものでした。
いつ訪ねても新しい発見があり、進化をし続けているのもアルゼンチンのワイナリーの面白さだと感じています。

前述した「カテナ・サパタ」も、現在はワイナリー内にレストランや蒸溜(じょうりゅう)所が新しく建てられ、常に前進していることがうかがえます。

他にも訪ねたワイナリーは、日本に輸入されていないところがほとんどでしたが、メンドーサではワイナリー見学も盛んに行われていますので、おすすめを書かせていただきます。アートや音楽にも造詣の深い醸造家のワイナリー、「KARIM MUSSI WINES」では、音楽とともに試飲を提供するなど、見学者を楽しませてくれます。
素晴らしい景色とともに、ゆっくりワインを楽しみたい方には、「Bodega LAGARDE」がおすすめです。おつまみや食事もおいしく、ツーリズムが充実したワイナリーです。

最後に、ワイン専門家が訪ねても面白いと感じていただけるワイナリーを2軒ご紹介したいと思います。「NIVEN WINES」では、様々な品種を栽培し、小さいワイナリーながら個性的なワインを造っています。今回、ワイナリーを巡りながら、ボナルダや、トロンテス、クリオージャなど、マルベック以外の品種の新たな魅力も感じることができたのですが、「NIVEN WINES」はまさにアルゼンチンワインの今を象徴するようなワイナリーだと感じます。
また、カベルネソーヴィニヨンなどの重厚感のあるワインを5年寝かせてからリリースすることで知られる「Carmelo Patti」も、醸造家自らが案内してくれます。

一昨年、アルゼンチン出身で、フランスのミシュラン三つ星「ミラズール」のオーナーシェフ、マウロ・コラグレコ氏が、東京・大手町にレストラン「CYCLE」をオープンさせました。「CYCLE」では、「ミラズール」で、長年スーシェフを務めた宮本悠平氏がシェフを務めています。お料理は、店名の通り、サステナビリティーと生物多様性の保全を第一に考えた循環型のフランス料理であると同時に、アルゼンチンのルーツも感じられます。
日本からアルゼンチンまでは、飛行機を乗り継ぎ、24時間以上がかかります。その距離に加え、12時間の時差もあることから、日本では、アルゼンチンは少し遠い国かもしれません。リオネル・メッシ、マルタ・アルゲリッチ、チェ・ゲバラ、エビータ……日本でも、人気のあるアルゼンチンの偉人たち。彼らのイメージとともに、コラムを読んでくださった方が、アルゼンチンワインやガストロノミーを少しでも近く感じていただけたらうれしいです。
三澤彩奈(みさわ・あやな)
中央葡萄酒株式会社 栽培醸造責任者 山梨県の中央葡萄酒4代目オーナーの長女として生まれる。ボルドー大学ワイン醸造学部を卒業し「フランス栽培醸造上級技術者」の資格を取得。2007年に中央葡萄酒の醸造責任者に就任。栽培と醸造に取り組む。 2014年に世界的ワインコンクール「デキャンター・ワールドワイン・アワード」の金賞を日本で初めて受賞。甲州ワインの名を世界に。「グレイスワイン」は海外で最も飲まれる日本ワインに成長。2021年11月、「甲州」の新たな魅力を引き出した「三澤甲州2020」を発売。
「グレイスワイン」のウェブサイトはこちら
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