フランス文学者の鹿島茂さんが愛猫のグリ(シャルトリュー 10歳・♀)とともにお届けするこの連載。3月10日の「砂糖の日」も近い今回は、砂糖にちなんだエッセイを。万事倹約に努めるフランス人がなぜか砂糖だけはふんだんに使う、その理由とは?(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)
あるとき、19世紀フランスの風俗観察を読んでいたら、食料品屋の店員が年賀のお届けものとして「パン・ド・シュクル (pain de sucre)」をかついでいくという文に出会った。
パン・ド・シュクルをそのまま訳すと「砂糖のパン」だが、文脈から判断して「パン」をかつぐというのはいかにも不自然である。おかしいと思って辞書を引いてみると、「円錐のかたちをした砂糖の塊を紙で包んだもの」と出ていた。パンというのはパン状の形をしたものという意味らしい。
その後、フランスに行ってスーパーに入ったら、この円錐のパン・ド・シュクルがちゃんと置いてあった。高さは30㎝以上あるから、かなりのヴォリュームである。

万事に倹約精神を発揮するフランス人がこと砂糖に関してはいたって鷹揚なのがおもしろい。カフェでエスプレッソを注文すると角砂糖が3つもついてくるし、ケーキなども口が曲がるほどに「甘い」。なぜ、こんなに砂糖を浪費するのか?