日本の伝統工芸は今、世界のラグジュアリーと響き合いながら、新たな価値を生み出している。手仕事の美と歴史が、現代の感性と結びつくことで、その存在意義はどのように変化していくのか、その可能性に改めて注目する。
中野香織 文化史家
京都の小さな工房が守り続けてきた、世界でも唯一とされる染色技法によるものだ。メゾンが長年探し求めていた理想的なマーブルプリントは、実はこの工房の中に存在していた。両者の協働は2015年頃に始まり、10年以上にわたって続いている。カレやツイリーとして多くのシーズンに登場し、近年では一部のバッグにも用いられるなど展開が広がり、「エルメス」は一貫して「マーブル」という名前を冠し続けている。
かつて、こうした産地との関係は、ごく限られたメゾンの例外的な慧眼にすぎなかった。だが今、それはラグジュアリー産業全体の潮流になりつつある。
「グッチ」と京都西陣織の老舗「HOSOO」の協働。「ディオール」の「京都コレクション」における龍村美術織物や京友禅の染匠たちとの仕事。日本の伝統工芸は、いま世界のラグジュアリーの舞台に、かつてない頻度で登場している。![「グッチ」と京都・西陣織の老舗「HOSOO」による協働は、伝統と革新を結ぶ対話として2022年に始動。受け継がれてきた織の技術を現代の感性で再解釈し、独自のテキスタイルを生み出してきた。第4章となるコレクションでは、「HOSOO」の技法を用いて、フロラモチーフとGGパターンを融合した作品が登場。銀箔を織り込んだ多層構造が奥行きをもたらし、優美で立体的な表情を実現。西陣織の可能性をさらに広げている。 バッグ“グッチ バンブー1947”[W21×H15×D7cm]¥831,600(グッチ/グッチ クライアントサービス) ©Gucci](https://images.marieclairejapon.com/media/article/281929/images/editor/ae1ac23e3a7977a817bee2f3956c2e7da7900330.jpg?d=1200x1500)
背景にあるのは、ラグジュアリーの価値の置きどころそのものの変化である。2010年代にはまだ大きなロゴや、誰の目にもわかるステータスが重視されていた。しかし現在、人々が問い始めているのは別のことである。どんな素材を、どこの誰が、どんな技でつくったのか。土地に根ざした物語や、手仕事の履歴が、価値そのものとして読み取られるようになっている。
いわゆる「クワイエット・ラグジュアリー」とも連動するこの流れは、環境配慮や持続可能性を求める時代の要請とも重なり、ラグジュアリーの方向を大きく転換させている。そしてこの問いに最も明確な答えを示せるのが、長い年月をかけて技術を受け継いできた伝統工芸の世界なのである。
この変化を象徴する出来事がある。2022年5月、LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトンのベルナール・アルノー会長が来日し、当時の官房長官だった松野博一氏を表敬訪問した。その面会では、傘下ブランドの商品に日本の素材の産地名を明記すること、日本の中小企業や職人との連携をさらに発展させること、そして若手アーティストや工芸家とのコラボレーションを推進することなどについて話し合われた。
こうした議題が、世界最大のラグジュアリー企業のトップと一国の政府で話し合われること自体が、産業構造の変化を如実に示している。また、同年末には、卓越した職人技の継承と発展を支援するLVMH メティエ ダールの世界唯一の支部が日本に設立されたことも象徴的だ。