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「マリ・クレール」日本上陸40年。女性誌のプロトタイプを作り続けて

〈左上から時計回りに〉1982年の創刊号(中央公論社)、2021年4月号(読売新聞東京本社)、2012年7月号(中央公論新社)、2022年10月号(読売新聞東京本社)

マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。2022年は、マリ・クレールが日本で発行されるようになってから40年という節目の年でした。ファッション、ビューティ、ライフスタイル、カルチャー……さまざまなジャンルにおいて、フランス生まれのこの女性誌が果たしてきたものとは──

村上春樹、辻邦生、吉本ばなな……豪華執筆陣が登場

2022年の最後の号です。

『marie claire』は今年、日本上陸40年を迎えました。フランス以外での国際版としては1982年に中央公論社から発行されたのが最初です。

当初はモード誌の顔をした文芸誌とも称され、女性誌ではありながら、男子学生のバイブルとも呼ばれ、小脇に『marie claire』を挟んでキャンパスを歩く学生の姿も見受けられたそうです。今では著名な大作家となった吉本ばななさんの初期作品も『marie claire』で連載されていました。

村上春樹さんや辻邦生さんをはじめとする執筆陣が名を連ね、とても豪華な内容でした。また映画に関する記事の独自の視点も評判を呼びました。

ファッションでは「コム デ ギャルソン」や「ヨウジヤマモト」がパリコレクションに登場し、センセーションを巻き起こしたのも同じ頃でした。「イッセイ ミヤケ」も含め、彼らが世界を舞台に活躍していく様子を『marie claire』は注目し続けました。

ヨーロッパのライフスタイルにも注目し、「スローフード」という言葉を社会に認知させたのも、弊誌のイタリアの食生活を舞台にした連載記事によるものでした。またヨーロッパのチョコレート・ブランドの紹介をきっかけに、その後多くのブランドが日本進出を果たし、東京に店を構えるようになりました。

旅やホテルの紹介も好評で、女性誌のプロトタイプを作っていたのではとも思われます。

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