×

三宅一生さんと森英恵さんが逝き、「ファッションの世紀」は終わった

森英恵さん(左)三宅一生さん(右)

マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。日本のファッション界を代表するデザイナー、三宅一生さんと森英恵さんがともに8月にこの世を去りました。2人の偉大なデザイナーの死は、ひとつの時代の終焉を告げるものでもありました。

衣服をデザインとして社会に認知させた

8月、相次いで日本の、いや世界のファッション界で大きな存在感を示してきたデザイナーが亡くなりました。三宅一生さんは8月5日に84歳で、森英恵さんは8月11日に96歳で。

私がニューヨークで暮らしていた時、パーク・アベニューにあるデザイン事務所でアルバイトをしたことがあります。そのデザイン事務所のオーナーは芸大を卒業後、しばらくして渡米し、大成功をおさめた日本人グラフィックデザイナー。奥様がファッション誌の編集者だったということもあり、そのオーナーは三宅一生さんのニューヨークでの代理人でもあったのです。さらに三宅一生さんの日本の会社に私の知り合いが働いていたりと、一生さんとお話しする機会はあまりありませんでしたが、私にとってはご縁があると感じられるデザイナーでした。

また一生さんは後進を育てることにも注力し、三宅デザイン事務所からは小野塚秋良さん、滝沢直己さん、津森千里さん、廣川玉枝さん、黒河内真衣子さんなど、多くの日本を代表するデザイナーが輩出しています。

一生さんの功績は、なんと言ってもファッションデザインをアートや工芸、建築などと同様のものとして社会的に認知させたことでしょう。また素材の開発でも時代を先取りしていたのではないでしょうか。現在のSDGsを先取りするような素材開発など、その足跡は本当に大きなものでした。

マリ・クレール 三宅一生
三宅一生氏 Photography: Brigitte Lacombe

日本のファッション史と重なる人生

森英恵さんとは何度もお会いし、お話しさせていただきました。私の母は、若い時に阪神間で育ち、息子の私が言うのもなんですが、とてもお洒落でした。結婚して東京に住むようになってからは、父が宝飾品関連の仕事をしていたということもあり、さらにお洒落になったのでしょう。幼かった私を連れて、よく「ひよしや」というブティックに行っていたことが記憶にあります。「ひよしや」とはもちろん、新宿にあった森英恵さんの最初のお店でした。

森英恵さんの歴史は、日本のファッションの歴史と大きく重なります。日本のファッションの黎明期にデザイナーとしてスタートし、数百本もの日本映画の衣装を担当、その後ニューヨークに進出。アメリカでの高い評価を受けてからヨーロッパに進出し、そしてパリ・オートクチュール組合の初の日本人会員となるなど、まさに成功物語をタイムテーブルに沿ったように成し遂げられた方です。

ある年のお正月に森先生とホテルオークラでばったりお会いしたことがあります。その時、森先生はいつものようにとても凜とされていて、「お正月は一人でホテル暮らしをしているの」と話しておられました。ご主人を亡くされたあとのことです。

森英恵氏 撮影:読売新聞社

絶大だったデザイナーの力

三宅一生さんと森英恵さんは、対極にあったデザイナーとも言えます。三宅さんのデザインは先鋭的で新しい素材を積極的に使い、とても着やすく、また扱いやすいものでした。

森英恵さんのそれは、有名な蝶々に代表されるように、エレガントで高級感が漂い、世界の多くのセレブリティに愛用されました。

お2人が世界で注目を集め始めた1970年代からファッション業界、ファッション産業は大きく変わりました。8月21日付けの読売新聞オンラインで服飾研究家の深井晃子さんは「誰もが知る2人の死は、有能なデザイナーが流行を生み出し、消費を喚起する時代が完全に終わったことを象徴している」と述べています。

海外ではファッションブランドの再編が進み、またファスト・ファッションの台頭や環境問題への意識の高まりによる、再生素材や古着を使った服が注目されています。

また早稲田大学の土屋淳二教授はやはり同日の読売新聞オンライン上で「デザイナーの力で服に付加価値をつける時代ではない。消費者の嗜好も変化し、服への関心も低下している」と言います。

三宅一生さん、森英恵さんの死去は、ファッションの世紀とも呼ばれた20世紀から、新しい時代に入っていることを否応なく再認識させる象徴的な出来事だったと言えるでしょう。

2022年9月29日

【関連記事】デザイナー・三宅一生さんへ マリ・クレール田居克人編集長から哀悼
【関連記事】【追悼・三宅一生】「ファッション」や「日本」という枠を軽々と超えてみせたデザイナーと同じ時代に居合わせた僥倖にまずは感謝したい
【関連記事】森星が自分と向き合うために大切にしていること

リンクを
コピーしました