仕事も、創作も。 大切なふたつを「捨てない」生き方

Lifestyle

2026.10.16

仕事も、創作も。 大切なふたつを「捨てない」生き方
心臓病を持つ子どもが、ある絵本を学校に持っていった。友達に自分の病気のことを説明するために。その話を聞いたとき、イラストを描いたジュリエット・スミスさんは「想像を超える使われ方でした」と振り返る。

本業は医療機器メーカーの広報。アーティストとして創作を続けながら、患者さんの声を社会に届ける仕事にも携わっている。仕事と創作、どちらかを選ぶのではなく、自分らしい働き方と生き方を模索してきたジュリエットさんに話を聞いた。

人と人の間に生まれるものを形にしたい

ジュリエットさんのアート活動の大きなテーマは「愛」だ。

「インスピレーションの源は、風景や美しいものというよりも、人の心の美しさにあると思っています。人と人が交流することで生まれたプレシャスなものを見つけたとき、これを忘れないように形にしたいといつも思うんです」

絵を描くこと自体は、特別なことではないという。

「人にいろんなことを伝えたくて、その欲求でいっぱいで、絵を描くという手段があってよかったです」

テレビを持たない家庭で育ち、幼いころから手を動かすことが日常だった。高校では4コマ漫画を描き、大学に入るとアートとして絵を描くことを意識するように。やがて個展を開くアーティストになった。

そんな彼女が仕事に選んだのは、医療の世界だった。現在勤めているのは、心臓弁膜症の治療に使われる人工心臓弁などを製造する医療機器メーカー・エドワーズライフサイエンス。広報とペイシェントアドボカシー(患者支援)を担当し、治療や製品について伝えるだけでなく、患者さんの声を社内外に届ける役割も担っている。

取材当日は、生体弁のサンプルを手に、人工心臓弁の仕組みについてていねいに説明してくれた。「つい力説しちゃうんですけど、大丈夫ですか」と笑いながら話す姿からも、この仕事への親しみがうかがえる。


「患者さんがどういうジャーニーを経て治療を受けているのか、そして治療後にどのようにそれぞれの生活を取り戻されているのかを社員に届けたいという思いで、会社と患者さんをつなぐ部分と、患者さんの困りごとを可視化して支援につなげるという2つのところで動いています」

もともとはファッション系ウェブデザインの会社に勤務していたが、「やっていることが誰かを助けることに直結する方がモチベーションが上がる」と気づき、転職。マーケティングを経て、社内公募で広報になった。

「ますます社会に関われるようになって、自分の気質とも合っているなと思いながら仕事をしています」

アートのテーマが「人への愛」であるように、仕事の軸にも一貫して「人」がある。

「私が描いてもいいですか」と言えた

長い間、アート活動と仕事は切り分けていた。自身のSNSには作品を載せていても、職場で自分から話すことはなかったという。

転機になったのは、同僚との何気ない会話だった。

「絵が描けることはスキルだから使えばいいんじゃないって言ってもらえて。アートは自分が思っていたほど別次元じゃないのかもしれないと、勇気づけられたんです。不思議がられるんじゃなくて、そういう特性を持った人として丸ごと受け止めてもらえたのがうれしかったです」

その後、仕事とアートが初めて大きく交わることになる。

エドワーズライフサイエンスでは、地域の小学校へ出向き、心臓のしくみを教えるボランティア活動を続けてきた。2025年に初めてオンラインでの授業になった際、これまでの教材が「いろんな資材の切り貼りみたいな状態」だったことから、ジュリエットさんは上司に尋ねた。

「これ、私が絵を描いたりしてもいいですかって。そしたら『いいじゃない!』って言ってくれたんです」

長年、社員たちが作ってきた心臓についてのクイズプログラムなどをベースに、ジュリエットさんはオンライン授業用のスライドにイラストを加えた。

「のびのびと描かせてもらって、いいねいいねってみんなが言ってくれて」

好評だった授業は、「本にすれば、もっと届く」という流れから絵本になった。今年からは、ニーズのある子どもたちへの寄贈も始まっている。

「その絵本を、先天性の心疾患を持つ子どもが学校に持っていったそうなんです。友達に自分の心臓や病気について話すために。子ども同士がつながるツールになったなんて、想像していない使われ方で、それを聞いたときは本当にうれしかったです。『伝えたい』という純粋な思いは、受け手も広げてくれるんだと実感できた出来事でした」


ふたつの世界が互いを豊かにする

アーティストとしては、毎年のように個展を開いている。作品を発表するために描きためるのではなく、日々感じたことをSNSに投稿し、「そろそろできそうだな」というボリュームになったら個展を開く。

平日は仕事をしながら、週末の金・土・日を2週使って開催する「弾丸個展」。有給を組み合わせてやりくりする。作品づくりで大切にしているのは、余白を残すことだという。

「絵に昇華していくときに、余白や想像できるスペースをちゃんと残して、見た人が自分のキラッとした瞬間を思い出してくれるようにすることをすごく大事にしています」

来場者が作品をきっかけに、自分自身の体験を話してくれることもある。

「描いているだけではアートではないなと思っていて、やっぱり誰かが鑑賞してくれないと成り立たないものなんです。そういう意味では、心の一番深いところで鑑賞してくれる人がいて、本当にありがたいなと思っています」


では、仕事を辞めてアートに専念することは考えないのだろうかとたずねると、「それはない」という。

「私は、アートという手段を使って表現する人間なんだと思います。ひとりでこもって作品をつくり続けるのではなく、仕事をしながら人と関わって、社会のなかで暮らしていく。そういう日々の出会いや会話が、私にとってインスピレーションであり、プレシャスなものだからです」

仕事と創作を切り離して考える必要もない。ひとつの経験が、もうひとつの世界を豊かにしていく。そうやってふたつの世界を続けてこられた背景には、職場の存在もある。

「『副業』というと、会社によっては少し扱いに困られたり、『本業とのバランスは大丈夫?』と心配されたりすることもあると思います。そんな中で、『それはあなたの特徴だから、のびのびやってごらん』と言ってもらえる環境は、どこにでもあるわけではないと思っています。そういう人たちが働いている会社に、心から感謝しています」

手のひらに収まるサイズから


仕事をしながら、自分のやりたいことも続けたい。そんな人に伝えたいことは、まず「大きくなくていい」と話す。

「賞を取らなきゃいけないとか、正規のルートでギャラリーにたどり着かなきゃいけないとか、そんなふうに考えなくていいと思います。まずは、手のひらに収まるくらいの小さなことから、愛でていけばいい。別の世界を持つことで、メインにしていることも、より豊かになっていくと思うんです。私自身、個展の準備で身につけた運営のスキルが、広報の仕事に生きたこともあります。『別々のことに時間を使っている』と考えるのではなく、『それによって自分自身がより豊かになっていく』と信じて、いろいろチャレンジしてみてほしいです」

さらに最初の一歩を踏み出せない人には、こんな言葉を送る。

「正しいタイミングで正しい人が見つけてくれると思うので、まず、まわりに言ってみるといいと思います。声を出さない限りは、存在していないのと同じことなので」

「伝えたい」という思いから始まった創作は、思いがけず、子どもの「伝えたい」を支えることにもつながった。仕事も、創作も、自分らしく生きるための大切な一部。どちらかを捨てるのではなく、ふたつの世界を行き来することで、自分自身の可能性もさらに広がりを見せていく。そんな生き方を、ジュリエットさんは教えてくれた。

photo: Tomoko Hagimoto, text: Tomoko Komiyama

Profile

ジュリエット・スミス

Edwards Lifesciences(エドワーズライフサイエンス)広報・ペイシェントアドボカシー担当。神戸市外国語大学卒業後、ファッション系ウェブデザイン会社を経て現職。「愛」をテーマに、人と人の交わりから生まれる瞬間を絵と言葉で表現するアーティストとしても活動し、国内での個展のほか、バルセロナのアートプロジェクトにも参加。エドワーズライフサイエンスが制作した子ども向け絵本『ドキドキ心臓教室』のイラストを手がけ、全国の患者団体などへの寄贈活動にも携わっている。

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