2026年の「ロレックス ナショナル ジオグラフィック エクスプローラー・オブ・ザ・イヤー」に、インドの科学者で自然保護活動家のクリティ・カランスが選ばれた。人と野生動物の衝突が絶えない土地で、共に生きるための制度と信頼を築いてきた彼女。動物と人間の新しい未来を形にするその活動が高く評価された。
「ロレックス」のフィランソロピー活動には革新的なプロジェクトを支援する「ロレックス賞」と、探検分野のリーダーとしての人物に贈られる「ロレックス ナショナル ジオグラフィック エクスプローラー・オブ・ザ・イヤー」という二つの賞も含まれる。インドの科学者で自然保護活動家、クリティ・カランスは、2019年にロレックス賞を受賞し、2026年には南アジア人として初めてエクスプローラー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。彼女が探求し続ける、人間と野生動物の衝突における革新的な活動と、インドの脆弱な野生動物の保護への取り組みに迫る。
インド国土のうち、野生動物保護区に指定されているのはわずか5%以下。それでも世界中のトラの約4分の3、アジアゾウの約半数がそこで生きている。「これほど多くの動物が人間たちの隣で暮らし、空間と資源を共有しているインドのような場所は世界にここしかありません」とカランスは語る。「それを可能にしてきたのは、人々の適応力、回復力、そして野生動物への寛容さです」
インド・ランタンボール国立公園のトラ。トラの生態学者で科学者である父親に連れられ、カランスは、幼少期からトラの足跡を追跡していたそう
でも彼女は、“共生”という言葉を安易には使わない。「“共生”という言葉は、人間と動物が安定した関係にあることを意味します。けれども実際には、その関係は常に流動的です」。彼女が長年、向き合うのは、人間と野生動物の衝突問題だ。年間10万~20万件ともいわれる被害。農作物が踏み荒らされ、家畜が奪われ、ときには人が命を落とす。「怒りが積み重なると、人々は動物への報復に走る。どうすれば人が傷つかず、経済的な損失を受けず、それでも動物と共に生きられるか。それがすべての出発点でした」
その答えのひとつが、「Wild Seve」。電話一本で被害を申告し、政府への補償申請を支援するプログラムである。申請処理期間を18カ月から3カ月以内へと短縮し、現在は30の保護区へ広がり、3万5000件以上の申請を支援してきた。「補償金を渡すのは政府ですが、以前と違うのは、サポートする私たちが動物のためだけではなく、被害を受けた自分たちのことも助けてくれる、と人々が感じるようになったこと。それが信頼関係を生むのです」
フィールドワークを重要視する彼女は、野生動物との衝突で被害を受けた人々のもとに訪れ、彼らに寄り添うことも大切にしている
印象的なのは、彼女が20年近く現場で聞き続けてきた村人たちの言葉だ。「それでもまだ動物がいてほしいか、と尋ねると、多くの人が『動物も私たちと同じくらい昔からここにいる。動物にも生きる権利がある』と答えるのです」。カランスは「この地球は人間だけのものではなく、共に生きるべき動物たちがいる。その認識の深さに、私は何度聞いても心を打たれます」とも。彼女が築こうとしているのは、単なる補償制度ではない。人と野生動物の間にある不信を和らげ、共に生き続けるための“土台”そのものなのだ。
さらに彼女は将来を担う子どもたちにも目を向ける。環境教育プログラム「Wild Shaale(野生の学校)」では、農村の子どもたちにボードゲームやアート、物語を通じて野生動物への好奇心を育てている。「インドの子どもたちは、野生動物に対して本当に共感的で、好奇心旺盛。非常に厳しい環境でも、子どもたちを夢中にさせることができると証明されました。それは大きな希望です」
インド・カルナータカ州で、生徒たちに絵本を読み聞かせるカランス。その活動は9年間で7万5000人の子どもたちへと広がった。現在、彼女はインドの野生動物研究センターのCEOを務め、50以上もの賞や表彰を受けている
科学者である一方、彼女はイラストレーターや映画制作者、写真家とも積極的に協働してきた。「野生動物を心から大切に思うためには、退屈な数字やデータより、物語の方がずっと伝わります。写真や映像、アートは、科学的事実以上に、人々を自然と結びつけることができるのです」。共生は理想論だけでは実現しない。人々の怒りや不安に向き合い、それでも野生動物と生きるための信頼と制度を築き続けること。その長い挑戦を「ロレックス」は支えている。
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関連情報【雑誌『marie claire』のPDFマガジンダウンロードページ】©︎marie claire/interview & text: Tomoko Kawakami
Profile
クリティ・カランス
1979年、インド生まれ。フロリダ大学で環境科学と地理学、イェール大学で修士号、デューク大学で博士号を取得。現在はバンガロールを拠点に「Centre for Wildlife Studies(CWS)」のCEOを務め、人間と野生動物の共生をテーマに研究・活動を展開。2019年にはロレックス賞を受賞。